昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

風に揺れる蛹 ⑦

2017年06月09日 | 日記

わかったつもりでいたこと、理解しているつもりでいた人たち、腑に落ちていたはずの自ら歩んできた道筋、容易に克服できると想定していたいくつかの局面……。

何事につけても、最低でも及第点は取れると自信を持っていたはずなのに、多くは想定外の方向へと展開していった。裏切りに遭いつづけたような思いだ。

人生のシミュレーションが、いつのまにか反故になっていく……。

過去のすべてが陽炎のように揺らめき、輪郭を失っていく。その不確かさの前で呆然とし、失いそうな自らを鼓舞するために力み、力んだ末の空元気が、あろうことか、自暴自棄の荒々しい衝動にしかつながらない。

確かなものは何か?拠り所とすべきものはあるのか?得てきたと思い込んでいるものは、得たような気がしていただけのものではないのか?

 

同じ課の課長として異例の14年を過ごしていると、心も病んでくるのだろうか。仕事へ、部下へと向かうべきエネルギーさえ、すべて内へと向かっていく。

営業成績は当然のように低迷。左遷や降格の噂が絶えなかったが、席を譲るべき人材は社内になく、候補に挙がる者は悉く固辞するという状況に支えられて課長職を持続しているという有様だった。

リーマンショック後、課長昇進レースには出遅れていた同期入社の粕谷が、先行する二人を軽々と抜き去って部長に昇進。坪倉も同じ課長職とはいえ二度異動させられていた。

いずれも、産業ロボットやIT関連など、勃興する新市場にビジネス・チャンスを見出すべく、期待を背負ってのもの。繁の置かれている状況とは、雲と泥の開きがある。

これはいかんぞ、待っていてはダメだ、自ら動かなくてはと、繁は焦燥感に駆られた。が、何をなすべきかは浮かばない。しばらく悩んだ末に、ふと思い立ったのが長期休暇の取得。

そんな思い付きにしがみついてしまう己が情けなくもあったが、プラスに作用する側面を見つめることにした。

数週間業務を離れ、掛け値なしの自分自身を見つめ直す。身を置く会社にも客観的な評価を下してみる。そして、持ち味と能力を秤にかけつつ、成功へと進む道を模索する。

そうすれば、内側にくぐもっているエネルギーを掻き立て、リスタートを切ることができるだろう。そう思った。

もちろん、長期休暇を願い出ることで、しばらく会話が途絶えている倉持常務の自分に対する評価と期待を確認しよう、という意図も込められていた。

 

「降格が待っているかもしれない、とは思っておけよ」

入社以来、良き上司として慕い、目に掛けてもらい、課長昇進の力にもなってくれた倉持常務はそう言って、高い背もたれ一杯に反り返った。

「はい。もちろんです」

そう答えたが、降格はいざ知らず、閑職への左遷がまたぞろ噂に上がっている背景には、彼の存在と関与があることは明白だ。下腹部から煮え立つような怒りを覚える。

しかし、懸命に平静を装う。今の目的は長期休暇を取得することだ。

まっすぐ前を見つめ、常務が後頭部に回した両手を下ろすまで、待った。

「なんだ?他にもあるのか?」

その声は、俄然冷淡さを増している。何か言おうとしたが、浮かばない。

「いえ。何も……」

と俯きながら、上目遣いに彼の手の動きを確認する。

休暇取得願いにサインしたところをみると、長期休暇は許されたらしい。

「ありがとうございます。失礼します」

書類を手元に引き寄せ、頭を深々と下げるや、そそくさと退室した。退職願を抵抗なく受理されたような気分だった。

            Kakky(柿本洋一)

  *Kakkyの個人ブログは、こちら→Kakky、Kapparと佐助のブログ

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