晴れのち平安

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今井兼平の墓~木曾義仲の忠臣~

2010年10月20日 18時00分01秒 | 近江路・歴女ブロガー旅紀行
今井兼平の墓

■住所:滋賀県大津市晴嵐2-4-16
■交通:京阪「石山」駅下車 




京阪・JR「石山」駅から徒歩5分程度でしょうか、盛越(もりこし)川のほとりにあります。

平安時代末期、主君であった木曾義仲<源義仲>の死を知った今井兼平は、
「日本一の剛の者の自害する手本だ!」
と言い、自身の太刀の先を口に含み、馬から落ちて自害しました。

(『平家物語』 巻第九「木曾最期」 より)


江戸時代、今井兼平を尊敬した膳所(ぜぜ)藩主・本多俊次(ほんだとしつぐ)が墓を建てたと伝わります。
墓碑には「今井四郎兼平墓」と刻まれています。

現在見られる兼平の墓は、兼平の子孫の方々によってつくられたものだそうです。
「亀屋廣房」さんで兼平餅を買った私は、お墓参りに訪れたのでした。(-人-)



私が訪ねた頃は、ちょうど墓碑の後ろで金木犀(キンモクセイ)の花が咲いていて、いい香りがしていました。


敷地内には、碑や説明板、顕彰碑・鎮魂碑などがあります。

(↓クリックで拡大。大津市による説明板)


(↓クリックで拡大。謡曲史跡保存会による説明板)





お墓に隣接して、「兼平庵」という建物があります。



 今井兼平と木曾義仲について

系図:今井兼平と木曾義仲の関係は“乳兄弟(ちきょうだい)”



※木曾義仲<源義仲>を育てた乳母(めのと)が中原兼遠の妻でした。
中原兼遠の子どもたちは義仲の乳兄弟(ちきょうだい)として、義仲の近くで仕えています。





こののち、
京阪「石山」駅に戻り、京阪電車に乗って「石山寺」駅で下車。
(このふたつの駅名は似ていますが、間に「唐橋前」駅という駅があります。場所に注意!)

次は、石山寺へ向かいます♪


石山寺~紫式部による「源氏物語」誕生~へ続く!


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