晴れのち平安

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JR「大津」駅/山吹地蔵 ~木曾義仲の妾・山吹御前を想う~

2010年10月21日 19時00分03秒 | 近江路・歴女ブロガー旅紀行
1泊2日の2日間、滋賀県大津市を歩き、JR「大津」駅前に戻ってきました。



太陽とともに私の気持ちは、沈みかけていました。

・・・帰りなくない~~~!
歴史も文化も深い!深すぎるよ、大津!!
2日間じゃ、(私の場合)足りないわ・・・。



JR「大津」駅ビル1階に入ろうとした瞬間、“山吹”の2文字が視界に入りました。

え!?  



数歩 戻って、看板をよく見ると、「山吹地蔵」とやらの説明と句碑が

句碑より

 “木曾どのを したひ山吹 ちりにけり”
 

(↓画像をクリックされますと、やや大きめのサイズでもご覧いただけます。↓)
 

JR「大津」駅の隣りに 木曾義仲に仕えていた山吹御前(やまぶきごぜん)にちなんだお地蔵様がおわしたのです。



今まで「山吹地蔵」の存在を全く知りませんでした。
旅の最後になんというサプライズ!!

テンション再び盛り上がり!



 山吹御前とは

平安時代末期、木曾義仲<源義仲>の妾(めかけ)or召使(めしつかい)として、巴御前(ともえごぜん)という女性がそばにいたのは知られていますが、山吹御前もまた義仲に仕えていた女性です。
山吹御前は、木曾義仲・巴御前・今井兼平たちと共に信濃<木曾>から都<平安京>へ出てきましたが、病気のため、義仲の最期まで付き従うことがかないませんでした。

※巴御前・山吹御前については諸説ありますが、『平家物語』に登場する人物です。



「山吹地蔵」の説明板によると、木曾義仲たちの死を知った山吹御前は、京洛から逢坂山を越えて来たものの逢うことができず、敵の刀に倒れたのだそうです。
後世の人々が、山吹御前を弔うために地蔵尊を祀ったのが始まりだとか。

・・・そんな伝えがあったのですね。


山吹御前は『平家物語』では少ししか登場しない人物ですが、主君の木曾義仲<源義仲>や仲間たちとともに信州から都へ出てきていながら、最期まで一緒にいられないのは悔しかったのでは?と個人的に思っていました。

お地蔵様を祀って、代々守ってこられた、地域の方々のお気持ちに心が温まります。




さて。
JR「大津」駅ビル1階に入って“彼女たち”に再会しましょう。
これが旅の本当に最後の最後です。



旅の終わり。 へ続く。


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