晴れのち平安

源氏物語を中心に平安な日々♪
※写真の無断転載禁止!!

切手で見る紫式部と『源氏物語』 石山寺編 その2

2009年09月17日 | 日記
 その1の続き。

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勝手に地元を応援する企画。

北九州市立美術館本館(戸畑区)で開催中の
源氏物語千年紀「石山寺の美 観音・紫式部・源氏物語」展
に関連して勝手に私が所持する切手をご紹介します。

※北九州市立美術館とは無関係です。

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『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』「切手にみる紫式部と『源氏物語』」より

紫式部と石山寺 ~源氏物語千年紀~ ふるさとフレーム切手(滋賀)です。




2008年8月1日発売の切手シート。

以下の赤文字のものは、現在、北九州市立美術館で展示中の仏像・絵画です!!


【1段目左から】

・多宝塔(国宝)
紫式部図 一幅(土佐光起筆 江戸時代)
・紫式部画像 一幅(伝狩野孝信筆 桃山時代)
・源氏物語図衝立(伝狩野養信筆 江戸時代)
・月見亭


【2段目左から】

・紫式部源氏の間(華頭窓から)
紫式部図(堂本印象筆 近代)
時代不同歌合絵巻断簡 一幅 紫式部(不明 室町時代)
源氏物語絵巻 末摘花(江戸時代)
・おおつ光ルくん(源氏物語千年紀in湖都大津マスコットキャラクター)





紫式部図 一幅(土佐光起筆 江戸時代)

紫式部を描いた絵としては最も有名だと思います。
単(ひとえ)の上に袿(うちき)を数枚重ねた袿姿です。

実物の絵の上のほうには、紫式部の歌が書かれていますが、私には判読できませんでした。

展覧会図録の解説は41をご覧ください。





紫式部図(堂本印象筆 近代)

崖の上のポニョ・・・ならぬ 崖の上の紫式部です。
硅灰石の上に建つ石山寺に参篭し、湖面に映る月を眺めながら『源氏物語』を執筆しています。

展覧会図録の解説は48をご覧ください。





時代不同歌合絵巻断簡 一幅 紫式部(不明 室町時代)

後姿の紫式部が描かれています。女房装束姿(俗称:十二単姿)。

展示されている実物の断簡は、後姿の紫式部と前向きの凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が対に描かれています。

生きた時代が異なる歌人を「歌合」に見立てて描き、その歌人が詠んだ歌を3首ずつ書いてあります。

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)は、紫式部の曽祖父・藤原兼輔と親交がありました。

■『百人一首』に収められている凡河内躬恒の歌
 心あてに折らばや折らむ初霜の おきまどはせる白菊の花


 藤原兼輔の堤第址⇒廬山寺 紫式部邸宅址


展覧会図録の解説は51をご覧ください。






源氏物語絵巻 末摘花 第一段(江戸時代)

重要文化財です 前期のみの展示です~9月27日まで。
衣裳や背景への細部の書き込み、絵の構図が美しいと思います。

この絵は、光源氏が末摘花への手引きを大輔命婦(たいふのみょうぶ)に頼む場面だそうです。
大輔命婦は女房装束姿(十二単姿)。

■末摘花(すえつむはな)
=故・常陸の宮の娘。鼻が赤く醜い顔立ちだがまだこの時点では、光源氏は末摘花の容貌は知らない。のちに光源氏の庇護を受ける。

■大輔命婦(たいふのみょうぶ)
=大輔命婦の母親である左衛門の乳母(さえもんのめのと)は光源氏を養育した一人。大輔命婦は内裏に仕える女房で、常陸の宮邸の事情にも精通している女房です。


展覧会図録の解説は56をご覧ください。



以上でーす。
お付き合いくださりありがとうございました。

このブログ記事をご覧いただいた上で、展示を鑑賞され、楽しさが少しでも倍増すればこの上ない喜びです。



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