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▼亡国の親方日の丸孫七人

2017年07月18日 | ■教育年金管理人泥炭氏との対話

 

以下、教育年金掲示板より

 

それでもなお、私達は許しあい、頼りあい、協力し合って生きてゆく道を見出さねばなりません。どうやって……。その事をお尋ねしているのです。

上のように問い返してきた泥炭さんに対する拙者からの反問とは泥炭さんご自身の思想と道徳の中身をこそ再三再四お聞きしているのでござる。あなたの言い方は思考停止の類型ではござらんか。問題があっても、さらにこれが、こじれても喧嘩するなの掛け声のもと、みんな仲良くご議論いたしましょうと強要する。

許し合い頼り合い協力しあって生きてゆく道の、その中にこそ騙し騙され喧嘩あり、小競り合いが高じて戦争あり、その果てたる独立あり報復あり支配被支配等々と、いろいろとあるものだと、わたしはそう思いますよ。何一つ固定されてなんぞはいないのです。

国境線は多くの場合、武力によって固守されていない限り国境線とは言えないのです。力を誇示しておかない限り、たちどころにして破られ元の木阿弥です。意味のない野原か海原と化すばかり。国境は死んでも守る。それらの意思もまた「人権」と同じです。自分の人権は自分で守られてはじめて、いっぱしの人権を持ったヒトとなれるのです。この戦い一切が政治現象と呼べるものなのです。

現代に自覚したヒト科個々から「政治」だけは逃れられません。投票行為だけが政治だと思っていたら大間違いでしょう。色恋沙汰すら実に政治的なこととして解釈しておかねばなりません。簡単にいえば、やはり生き物には、何事も「戦う」ということだけは含意されているのです。それら一切合切がヒト科の歴史というものを作っているのだと思いまするよ。

父を南海に駆り出され戦死させられた私からすると、逃げようとすればそのチャンスもあったはずの一般の戦没者と同列の扱いと言うのにはちょっと抵抗を感じたりもするんですが。

ここなのですよ。泥炭さん。おっしゃる通りではありませんか。その前に泥炭さんのお父上は、大陸で戦死されたとお聞きしたように覚えていたのは拙者の聞き間違いでしたね。失礼千万。そうでしたか南海のことでしたか。差し支えなければ、どのように召集されたのか、また南海とは言っても、いささか広い。そこら辺の事情を、も少し詳しくお聞きしたいが、時期尚早なれば、それも詮方なし。インドシナ半島といえば相手は英軍だったのですし。フィリッピンの場合は、大岡昇平の「レイテ戦記」にあるように、それはそれは惨憺たるものでした。南方各地で生き残り捕虜となっても、なかなか帰国することができなかった。モンテンルパの歌にあるように、捕虜のまま、かの地で戦犯として裁かれてしまうという事態も起こった。

さて本題ですが、お国のために戦死された兵隊さんと、空襲などで死傷された市民とは、同じ戦争で没したとは言っても、国家からの扱いは、違っていて当然なのです。兵隊さんとは、いわば国家公務員であり、彼らの戦死は殉職されたということですよ。戦死された兵隊さんは国家として特別に祀るための事業や、その場所があって当然ではありませんか。残された遺族には、戦後遺族年金が賜われたということも、これまた当然のことであり。泥炭さんなども、多少は、こうした国家の恩恵にあずかって、今日に至る人生上の、ご成功があると見受けられますが、いかがなものでしょう。

それに、東条英機以下A級戦犯の合祀だぁ分祀だぁとは申しても名目上のことでしょう。なにも靖国に戦死された将兵が埋葬されているとか、遺骨が収められているという問題ではないのです。お名前が祀られているのです。彼らの名前が靖国神社に祀られて英霊と呼ばれているのです。

もちろん、いまだ遺骨の見つからない将兵も靖国に祀られているはずですね。靖国問題とは直接関係がありませんが、ここから現在にも残されている、もうひとつの実際的な戦争責任というものが見えてきます。

それは遺骨収集の問題です。泥炭さんの父上は、どのようなお姿で、帰国されたのかは、いざ知らず。ご遺骨なりが見つかったのでしょうか。さればもっけの幸いと申せましょう。いまだ何万という遺骨が南方各地、および大陸や朝鮮半島の地に埋まったまま放置されているのです。

このことをわれわれは、もう少し真剣に考えなければならないでしょう。この問題こそ70年たっても、日本人を自覚する以上逃れられない「戦争責任」だと思いますね。この問題について泥炭さんのご所存なりお聞かせ願えればありがたい。

ちなみに遺骨が見つかったとは言っても誰のものかは、いまや判断できませんから。この場合は、千鳥が淵の戦没者墓地に無名戦士として埋葬されているようですね。一方遺骨がなくても、戦死されたことが、ほぼ判明できている将兵の御魂(名前)は当然靖国神社に祀られているということでしょう。それが靖国神社の重要な役割ではないのかと、わたしは考えておりまする。

それに靖国神社は、誰が見てもわかるとおり宗教上は神道という形をとっている。神道の信者でもない戦死者やその肉親が、かの神社と関わりをもつのは精神的に耐え難いと訴えて、祀られるこをを拒否したり靖国神社には決してお参りしたくもない、などという泥炭さんのような、ご意見を持つお人も少数ながら存在しているとは、かねてより耳にしているところなり。

たしかに彼らの気持ちは、少々ならばわからなくはないけれど、ささいな不平不満というべきではないでしょうか。いずれの方々の口ぶりも、なにか別種の思想的問題からくる口実のようにしか、わたしには感じられません。泥炭さんが言うに、神道は国民を戦争に駆り立てる扇動的宗教だと断定されているが、これにしても根拠は薄弱です。そんなことはないでしょう。はっきり申して、それは戦前来、天皇制と神道にムキになって反対してきた共産主義者や、これに付和雷同する左巻連中が性懲りもなく流しているデマに過ぎないと思いますね。

この様な時代に造られ、その国家神道の中核を成した靖国神社が戦争犠牲者の追悼の場として相応しいか否か、考えてみる必要があろうかと思います。

人に尋ねる前に、あなたはどうなのですか。あなたは、この70年間、どのように靖国神社に対して、そこに祀られている、あなたの南方で戦死されたと言うあなたの父上の英霊に対して、どのように、振る舞ってこられたのか。そこを話さずに、人の意見ばかりを切り貼りしてきても、なんのご議論になりそうわらず。おそらく、泥炭氏は靖国神社にはお参りしたこともないのでしょうね。

いいんじゃござんせんか。お参りしようとしまいと、別に税金が控除されるわけではありませんものね。誰も、泥炭さんの冷淡さんに文句を言っているわけでもない。よかったですね。泥炭さん。我が国には思想信条および宗教の自由があって。

しかしながら全体あなたの話は矛盾だらけだ。詭弁に満ちている。靖国神社を国家管理の下に置き、A級戦犯を分祀するべきだとおっしゃる。政教分離の原則は、靖国神社にかぎっては無視なされるおつもりか。さらに言う。「靖国神社は戦前軍国主義の象徴」的存在であると。よって、そもそもの存在からして「悪者」だと決めつけているのではありませんか。

A級戦犯らを靖国から排除しさえすれば、神社から、いまわしい過去の軍国主義の「象徴」とする意味は消され逆に、平和の象徴の靖国神社として生まれ変わるとでも言うのですか。ずいぶん自分勝手な都合のよい話ですね。

さらに何度も言うように泥炭氏におかれては、極東裁判においてA級戦犯と判決された方々をして「悪の権化」のように、決めつけておられるが、それもいかがなものかと思われますよ。おそらく占領軍史観とでもいうべき、きわめて偏向した一方的な理屈だと思いますね。A級の場合は極悪人で、B級C級戦争犯罪者らは、善人であるかのように言い募る。そのような単純な黒白漫才で、事が済むなら、歴史など知る必要も学ぶ必要もなくなるでしょうね。

そこで口直しのため昨日仕入れた受け売り話をお聞きください。仕入れ先は、『ぶらり日本史散歩』半藤一利著。かのマッカーサー元帥にまつわるお話です。それも神社の話。マ元帥は1945年、我が国を降伏させ連合国軍総司令官として以後6年数ヶ月にわたって、日本をして占領し統治した。ところが1951年、米国政府により、突然に、その職を解任されたのです。彼は、しぶしぶと帰国の途についた。日本国民は、やんやのさわぎ。マ元帥こそ日本の夜明けだと万歳三唱の日々を送っていたのは、なにも吉田茂以下政府高官ばかりではない。それこそ共産党などの、左巻連中のほうがよほどマ元帥には感謝の念。

なにしろ武力放棄による永久平和のスローガンを与えてくれたのがマ元帥だ。共産党綱領もマ元帥からいただいたようなものだと喝破する、いまや世捨て人同然の暮らしを余儀なくされている党から除名されて久しい古参ボリシェビキもいる。このマ元帥をして神のごときに奉りたいと念願するご意見多数。そこで政財界をあげてマッカーサー神社を建立しようということにあいなった。だが計画途中のある日、マ元帥は米国議会に呼び出され、戦争の経緯なりについて証言することとあいなり候。そこで彼は日本人というものはと、次のように語り始めた。

日本人は12歳の少年だ。同じ敗戦国ではありながらドイツはさすがにアングロサクソンの民族だ。ドイツはまさに大人の悪人だが、彼らに比べれば日本人は、まだなにも知らない少年だ。

これが日本に伝わりマ元帥の人気は一気に暴落。もちろんマッカーサー神社の話も雲散霧消。そこで思うにマッカーサー神社が完成されていたら、わが国に神社の名は数多かれど靖国神社に並び称される一流の神社として称賛されたと思うのですが泥炭さんのご所見なりや、いかがかな。今頃、「幻のマッカーサー神社」の屋根の上には日米の両国旗および国連旗などが、せわしなく秋の風に吹かれていたことでしょうね。 

 


2015.05.02 足立区


それにしてもなんだか泥炭氏の昨今の尖閣諸島をめぐるあれこれのものの言い方によれば、いよいよ日中戦争が避けられない羽目になっているようですが、それほどまでに大げさに言って恥も知らないのは、わたしの知る限り小説家の大江健三郎さんぐらいですね。泥炭さんの妄想話は、大江氏がどこかで書いている想像に、そっくりですよ。来る日中戦争が始まれば、おそらく中国から核爆弾が飛んでくる。よって、これを避けるために、中国を刺激してはならない。靖国神社には行くな。尖閣諸島は中国に差し上げろ。米軍は日本から出て行ってもらわねば等々と。中国政府が要求していることを、すべてこれ日本側がのみさえすれば、予定されている日中戦争は回避されるにちがいないと。まるで中国のスパイのようなことを言う。

いっそどうですか、朝晩に日本国民全員が海の向こうの西南の大陸の方に向かって土下座しながら懺悔するのです。この先何年でも、中国様のお許しがあるまで続けなければなりません。先の戦争で、わたしどもの親世代が、あなた様のお国を侵略してしまいました。中国様、許してください、許してくださいと、文字通りの「一億国民総懺悔」。もちろん、懺悔する以上、リッチなものを身にまとっていたりしては、中国様は、お許しになりませんから、やはりここは「ふんどし一丁」になって土下座してはじめて、なんらかの誠意が中国の方にも伝わろうというものです。もちろん自衛隊なんぞの危険物はさっさと解散させておかなければ、なんぼ国民一同が泣訴しても中国様は許してくれません。

これに味をしめた中国様はカサにかかって、いっそ沖縄も寄こせと言ってくるでしょう。そうしたときもやはり一億国民の総意としての「土下座」して乗り切るほかにはありませんね。すでに米軍も自衛隊も解散させた後の祭りですですから。

そこで提案ですが、泥炭さん、あなたが率先して日本国民に「ふんどし一丁」で土下座する姿を手本として見せてやったらどうですか。現代人は懺悔のやり方も土下座の方法も知らない人のほうが多いでしょうから。おお、そうだ。当「ふんどし土下座」練習会には是非とも小説家の大江健三郎さんをお誘いしてみたらどうですか。彼のことです。なによりの憲法第九条の実践だと話に乗ってくるかもしれません。その際は、こそこそと隠れてやるのではなく公明正大に大々的に挙行するのが、よろしいかと。

しかし、それで日本の周辺諸国に対する侵略行為の罪が帳消しになるものではありますまい。

さて国境線を超えて武力で押し入る、という現象を侵略と呼ぶのは右同意する。だが国境線というものが、現在のように詳細に出来上がったのは、ついぞ近年のことである。上の記事で申したように、欧州はともかくアジアアフリカにいたっては、国家というものが、そもそも確立途上のことだった。多くの国が、第二次大戦後に成立した。いうまでもなく国家が成立して後、国境線が成立する。軍国主義と呼ばれている戦前日本体制の肩を持つわけではないのだが中国をはじめ東南方向の島嶼およびインドシナ半島などへの兵力をもって進出した経緯には、それらの地域を、いっぱしの国家だとは認めていなかったという事情もあったのだろうと思われる。多くは英米の植民地であった。

考えなければならないのは、侵略は悪だという道徳は、これまたついぞ近年に生まれた若い思想のことだ。上記したように、第二次大戦後世界が国家というもので細分された結果だと思う。列強が跋扈していた戦前当時には自国からはずれた他地域への軍事力によって押し入ることを今日行きわたってきた道徳上の「悪」だという思想はなかったように思われる。文明という点においてなら、すくなからず古代より強国が辺境地域に押し入った結果広がってきたという事実は否定のしようがない。

古代ローマ帝国の闘将カエサルはフランスを征服し海を渡ってイギリスをも攻め滅ぼした。カエサルの欧州統一から2000年近くが経ち、ナチスを打ち破ったチャーチルは言った。イギリスが今日あるのはカエサルのおかげだと。イギリスに文明をもたらしたのはカエサルその人だと。いずれにしても泥炭さん。どうも、あなたは歴史というものをおセンチメンタルにしか考えないようですね。次のようにも言う。

「明治維新から第二次大戦までも悲しい歴史を思い出す」

言い方の問題なのか。あなたに独特のイデオロギーなのか。会津藩の悲劇というものは、多少は私も知っていますよ。だが明治維新を総じて悲しい歴史だったとは全然思えませんね。第二次大戦然りです。思うにヒトの世から、未来永劫、悲しい事件や「悲しい歴史」を根絶することはできないと思いますよ。たびたびの自然災害もある。こないだのように山が突然噴火する。また子どもをさらって殺してしまうような半キチガイの存在も文明がさらに進歩しさえすれば完全にいなくなるとは断言できないのです。いや、反対に世の中が進めば進むほど増えてくるように思われてなりません。自殺もそうですね。自殺は一種の文明病ですから。文明が進めば自殺も増えるでしょう。「戦争」も同じです。残念ながら、ヒト科の歴史から殺し合いが絶えることはないと思います。

泥炭氏の頭にある「戦争」概念は、どうも「飲まず食わずの日も三日」などと『麦と兵隊』(昭和13年:火野葦平による戦記小説)に描かれた握り飯と鉄砲だけを担いで大陸の奥地にむかって行軍行軍また行軍という姿以上にはからっきし進歩していないようですね。武器もだいぶ進化しているようですよ。とくに我が旧陸軍などの戦法だった前線に兵隊の数ばかりを投入する、ようするに人海戦術と肉弾戦などという戦い方は現代ではほとんど通用しないでしょう。

そんな戦争は、いまやあり得ませんよ。もちろん特攻隊のような戦法も有り得ないでしょう。文明は戦争も武器もヒトの心も進化させているのです。同じように、先日来話題となっている集団的自衛権の容認問題で、徴兵制が敷かれてしまうのではないかという懸念も、杞憂にすぎません。

徴兵制で召集された兵隊さんに現代の武器は一寸たりとも動かすことはできないでしょう。一人前の兵隊になるためには長い訓練期間を要するようですよ。徴兵制は人海戦術が主たる戦法であった昔の兵法に過ぎません。だからといって現代のわれわれが徴兵制を用いていた昔の体制を、これみよがしに愚弄したとて始まりますまい。世界の列強がみなそうだったのですから。ジェット戦闘機もミサイルもなかった時代の「戦さ」というものの生の姿だったのですから。

あなたは、つい先日の記事で、太平洋戦争当時、東アジアにおける戦没者は、数千万に昇ると言い募る。それも、その数字すべてが日本軍が殺しつくした結果だと言わんがばかり。

そんなことはありますまい。当時東アジアにおいて米軍が殺した死者数と日本軍が殺した死者数とを比べて、さてはてどちらの数字がまさっているとお思いか。わたしは米軍のほうが、はるかにまさっているような気がしておりますよ。問題は、やはりあなたの発想にあるように思われまするよ。 ま、そんな70年も前のことについての死者数比べをしても、せんもないこととは分かっているのですが、少々、気になって第二次大戦における各国別の死者数を調べてみました。主要な国だけを上げたてまつれば以下の如し。なお、数字は兵士と民間人の合計です。右端は人口比です。

日本   300万人 2,0%
中国 1千万~2千万 2~4%
(なにしろ白髪三千丈のホラがまかり通っているお国柄ですので、いまだまともな統計は出ていないようです)

フィリピン 70万人 5,0%
インド  200万人 0,5%
米国    42万人 0,3%

英国    45万人 1.0%
フランス  55万人 1,4%

イタリア  45万人 1,0%
ソ連  2500万人 13%

ドイツ  800万人 10% 

(以上、ウキペッペの「第二次大戦の犠牲者」より)

国別死者数は、これぐらいで良いでしょう。呆れ果てて開いた口もふさがりません。人の命をなんとおもっているのか・・・と誰に抗議してみれば良いのでしょう。

いずれにせよ。第二次大戦における犠牲者は、日本と中国などの東アジアにおいて悲惨であったことは言うまでもないのですが、欧州戦線において苛烈であったソ連、ドイツにおいてはダントツなのです。このあたりでは人口の一割が犠牲となっている。かたやヒトラー、こなたスターリン。この両者には、人でなしも同然の野蛮の血が脈々とながれていたことは今日では定説となっています。この両者は、一年前にはポーランドを半分づつ、せしめようなどという密約を交わしていた悪党仲間なのです。極悪人と半キチガイのヒステリが、なにがあったのか国境をはさんで、あいまみれた。てめぇだけの陣地を守るため、いってみればてめぇの沽券と面子を守るため砲弾の嵐の中に、これでもかというほどまでに自国の青年諸君を狩りだし無闇矢鱈に投入した結果です。欧州全体で言うなら、おおよそ5千万人を数えるでしょう。

さて、上記の数字の中には、もちろんナチスの殺戮対象となったユダヤ人も含まれています。欧州各国で暮らしていたユダヤ人の戦前人口はおおよそ900万人と言われていますが、このうち当大戦で犠牲となった数は500万人から600万人でした。実に半分が犠牲となってしまったのです。ユダヤ人迫害は、ヒトラーだけの専売特許ではなかった。ヒトラーにまけずおとらず社会主義ソ連においても凄まじかったと聞きます。それに加えてソ連には政治的な問題から粛清され処刑された何十万何百万という犠牲者がいる。それらの方々も上記の数のうちに入っているのでしょう。思うに、この半キチガイの両者も、彼らなりに革命的情熱に溢れていたのです。両者ともに純粋な国家を求めていたのです。かたやヒトラー様におかれてはアングロサクソンの純粋性を奉じる。こなたスターリン様におかれては階級的純粋性を求めていた。

よって民族の敵、階級の敵は一匹残らず殲滅することこそ、この双子の悪党なりが、思い込んだ正義の思想のようでした。もちろん、こんなことは、てめぇだけが飽食するための一種の口実にすぎません。この口実に乗せられてくる何億という衆愚らがいたという事実こそ恐ろしいのです。

さても、かような結果から見るに、戦争はしてはならないとは大戦後の世界の誰にとっても耳にタコなのです。だが一方、自分の命を守るには、確固たる国家と権力と、それ相応の武力がどうしても必要であることもまた自明のことなのです。大戦後、ユダヤ人たちがイスラエル建国に向かった情熱も理の当然でしょう。戦争を避けるためにも平和を維持するためにも、人々にとって、まずは強い国家権力と軍備を構築する以外の抑止力はないのです。もちろん軍備は、国際社会において適当なバランスを取っておかなくてはなりません。民主主義が根付いていない野蛮な「お国柄」におかれては、「軍」が議会などを無視してまま暴走することがあるからです。そのためにこそ外交と国家内部における徹底した議論や公平な選挙が前提となるのは言うまでもありません。

話はかわりますが、終戦直前にヒロシマ長崎への原爆投下ということがあった。数十万の民間人が殺傷された。いまでも当地におかれて毎年夏に原水爆禁止運動の大会が催されている。石碑には、「あやまちは二度と繰り返しません」という有名な自虐的文言が刻まれている。大会は大々的に挙行され、市長のお言葉なりがラジオで全国放送されるが、いまだ、誰ひとり、この非道なる米国の戦争責任を糾弾するものも、問うものもいないのは、どういうことなのですか。

米国および連合国の批判は、いっさい許さないとする占領軍による言論封殺、箝口令が、いまでも日本人の中に、脈々と引き継がれている証左といえるのではないですか。大江健三郎には「ヒロシマノート」という著作があるが、米軍批判は、一行たりとも見当たりませんね。共産党などの左翼も右同じです。大江や共産党こそ、日米安保のさきがけと申しても過言ではないでしょう。安保条約締結以前からアンポンタン状態だったのです。米国正義、戦前日本悪者論の原理に立ってしか、モノが見えていないのです。ようするに、この原理こそ占領軍が、徹底的に戦後の日本人に与えた刷り込み思想ですよ。

原爆投下後ただちに、米軍関係者および学者らの一群がヒロシマに入り綿密に被害の状況および原爆の武器としての効果を調べるに及んだ。とある学者による報告書が残されているらしい。彼によれば、思ったほど大したことはなかったという。原子爆弾ともいえど皆殺しにしてしまうような決定的な武器ではない。えがったえがった。これぐらいの被害なら今後とも、限定的に使用して可能だろうと結論づけているとのことなり。

さてもう一つヒロシマの話。ヒロシマ原爆投下は昭和20年8月六日。十五日には事実上の終戦となる。巷ではピカドンにやられたヒロシマには、これから数十年というもの草木の一本たりとも生えてこないだろうと、まことしやかにささやかれていた。ところが、次の年の春ともなれば、雑草はおろか見事な夾竹桃が咲きみだれたと聞きしにまさる自然の力。なぁんだ、それほどのことはなかったという実際にふれて、大江の健さんやら、その他戦後のデマゴギストやイデオロギーの連中は複雑な思いに浸ったはずだ。

日本国憲法、それも童話じみた前文そして交戦権を否定し武力を放棄させた第九条は、おっつけ国民自身が改訂するだろうと、日本側に草案を押し付けてきたGHQ自身、予測していたという話もあります。彼らによれば半世紀を超えて、米軍仕様の憲法が一行も改訂されることなくいまに至って生き残っていることは奇跡に近い出来事だと言っているのです。早い話が笑われているのですよ。

「九条を守れ」などと、同じことをさも勝ち誇ったかのように言っている共産党をはじめとする一群の左翼運動家らの教条的平和論によるならば、おっつけ他国からの干渉をどこまでも許してしまう結果になるでしょう。かれらのスローガンは国家滅亡論と称しても過言とは申せません。占領が終わり帰国したマッカーサーが言ったという「日本人は少年だ」という辛辣な証言も今にいたれば、まさにその通りであるとしか言いようもないでしょう。一向に、自分のことを自分で守ろうとしない「お国柄」なのです。それで、よろしいのですか。そこが問われているのだと思いまするよ。

それに、あなたは無関係なヒトの死ですら、わけもなくやたらに悲しんでいるようですが、それは実に卑しいことですよ。歴史を見る目が曇ります。それとも悲しんでいるフリだけなのですか。わたしは後者だと思っていますよ。語り口の相違なのです。歴史のあれこれを、できるだけ悲しく描く。そして衆愚らに危機感を抱かせ、世直しを扇動する。これが近代以降ジャーナリズムの便宜性をわきまえた運動家たちのやり方でしたよね。とくに徒党根性まるだしの左巻連中の言動は扇動根性につきている。こうして、意味もない風評をたれ流しては政争の具たらしめる。原発問題しかり、尖閣問題しかり。開いた口がふさがりませんね。

上で明治維新当時の会津藩の悲劇と書きましたが、これにしても歴史が進めば、悲劇の一色ではなかったことが、いろいろとわかってくるものです。たくましく生きてきた人々が数多くいたことが。太平洋戦争でもそうですよ。神風特攻隊というものがあった。若い命が多々散っていった。突っ込んでくる特攻機を迎え撃つ艦船上にいる米兵は驚嘆していた。特攻兵の覚悟に尊崇の念すら覚えたと回顧している元米兵もたくさんいるのです。さて、戦争には負けたが外交では勝ったという戦後の宰相吉田茂の名言がありますが、わたしなりに言い換えると、こうなります。戦争には負けたが戦後は勝った、と。 

馬亀さんが反省すべきは、今もって日本人の手で戦争責任の所在を明確にしていない事です。

かつて大昔に挙行された「戦争」という事実の仔細について、誰それに責任があるとかないとかいう議論を持ち出されても、戦後生まれのわたしには、皆目見当もつきません。すくなからず政治的には解決している問題だと安堵しているところなり。それでは、まずいと泥炭氏はおっしゃる。では、お聞きしますが、あなたの思うところ、今日、問われなければならない70年前の「太平洋戦争」における「戦争責任の所在の明確化」は、どこまで、あなたご自身の中で進んでいるのですか。あなた自身のお考えこそお聞きしたい。

わたしが知るところ極東裁判の結果、旧軍部を中心に戦争犯罪人が指定されA,B,Cとランクされた。東条英機をはじめ十名近く名指しされたA級戦犯は死刑に処せられましたね。泥炭氏によれば、それ以外にも現代の日本人にも、さらに自覚しなけれならない戦争責任があると言う。それはいったい何事ですか。天皇をして、どのように処罰されれば真っ当だったと言うのですか。

内心の問題だけのように見受けられますよ。今日でもなお、日本人でありながら日本が嫌いだと主張する鼻垂れ小僧のような左巻連中の扇動に、いい年をしたあなたのような御仁が、たぶらかされているようでは、なんと申しましょうぞや。どうかと思いますよ。あなたの願望とおりの日本国と日本人にするのでしたら、冒頭で冗談半分に申し上げておいたように、もはや、日本人たるもの領土といい資産といい、すべて中国に差し出して命だけはお助けくださいとフンドシ一丁で土下座する以外に方法はないのではありませんか。だが、そこまで卑屈になる必要がありますか。わたしは、まったく、そのようには考えておりませんよ。もはや大昔の戦争についてのあれこれは政治的にも内心的にも、すべて解決しているはずです。

中国などが我が国に対して要求していることは、すべてこれ自国の領土国益拡張のために作り出されてきた口実ですよ。無人の島なのだから、まあよいだろうなどと尖閣諸島を召し出したとたんに、次は沖縄を寄こせさらに九州を寄こせと、次から次へと要求がましくなるばかりでしょう。なにしろ乞食根性まるだしでやりくりしている野蛮な共匪が取り仕切っているお国ですからね。彼らに対しては断固として一歩も譲らないという姿勢をしめしておくことが大事なのだと思っておりますよ。 

70年前の戦争については、相手(中国、朝鮮)が『もういいでしょう』と言うまで(日本は)謝るしかない」と、村上春樹という小説家が主張しているとのことですが、わたしには彼の主張は愚かだと思いますね。彼は歴史も文化も知らない現代に蒙昧する自虐的史観に陥った一種の馬鹿だと思いますね。村上に似た者同士で先輩格の大江健三郎という大馬鹿者がいる。

中国、朝鮮などの主張は、単なる道義上のことではないことは自明です。彼らが、望んでいるのは日本国によるさらなる賠償である。土下座して謝れば、それで済む話ではないのです。土下座した途端に、されば、さらなる賠償金および領土をよこせと言ってきますよ。事実、中国は尖閣諸島を狙っているし、韓国は竹島を軍事力を持って占領しているではありませんか。まずは、これらを正当化してきます。国際的に、合法的に、彼らの領土として、認めなければなりませんね。

だがこれは最初の一歩にすぎません。まだまだ謝罪がたりないと言ってくるでしょう。沖縄を寄こせ、九州をよこせと居丈高になるばかり。そのうち露助まで出てきて、北海道を寄こせなんて言ってきますよ。さて、泥炭氏は次のように言う。

日本が本気で過去の誤りを反省すればそれが通じないわけがない。

この70年間、日本はどういう歴史を刻んできたと思っているのですか。自他ともに「平和」ひと筋で歩んできたのはご存知のはず。これ以上の、なにをどうせよと、あなたは日本国に望んでいるのですか。あなたの論は、ひたすら日本国を貶めるだけのようですよ。亡国論にほかならないようにおもわれますよ。それほど日本が嫌いなのですか。あなたのばやい。まさか中国のスパイではあるまいに。さらに泥炭氏の意味不明な言辞はつづく。

日本はまだ第二次世界大戦を遂行した責任者の洗い出しを行って居ない。

70年たってもまだまだとはなぇ。難儀なことですねぇ。それで、あなたの場合は、その戦争遂行責任者は、どこの誰べぇだと、思っているのですか。当てぐらいはあるから、そうも言えるのでしょう。そういえば、思い出しました。あなたはいつぞやほかならぬ当掲示板に書いていた。それは昭和天皇であると断言していたではありゃしませんか。戦争遂行責任者としての昭和天皇を日本人は許してしまった。天皇は日本人によって断罪されていない。これこそ今に至る大問題なのだと。天皇には、大元帥として軍部を形式上統括していたのですから、確かに、そのような一面もたしかにあったでしょう。だが公平に見て、昭和天皇は戦争について真意から反省し、誰よりも国民と隣国諸氏らに対して心から謝罪していたと思っていますよ。代がわりして平成天皇となりましたが、さきの戦争に対する態度は、先の天皇に変わりありません。生涯を通して、頭を下げ続けていくご覚悟のようです。で、泥炭氏におかれては、天皇について、どうすれば、よいと言うのですか。

東京裁判でそれは終わって居る様に勘違いしている傾向が感じられるけれど、あれは、戦勝国が行ったもので日本人が行ったものでは無い。日本の戦争被害者の視点や日本人の自己批判が欠けている。

わたしには、相変わらず意味不明ですが、そこまで言うなら、あなたご自身は、いかように、なされるおつもりか。今後の態度として。戦争について、あなたは自己批判したことがあるのかね。まずは、あなたの、自己批判なりお聞きしたい。良き自己批判なれば、拙者としても、それを手本といたしたい。他人のことばかり言っていないで、まずは、あなたご自身から、当掲示板なりに、自己批判書を掲載してみなされ。

日本の被害者の視点から戦争責任が徹底的に明らかにされ、日本人の1人1人が今後主権者としての責任を全うする自覚をものした時。 その時にこそ、初めて二度と同じことを繰り返さないような法的整備が可能に成り、精神的にも脱皮できる。

これまた、あなたご自身どうなのかと、お聞きしたい。戦争責任が徹底的に明らかにされれば・・・日本人は・・・精神的に脱皮できるとな。いったいぜんたいなんじゃね。その精神的脱皮とやらは。おまはんは、多少は脱皮しているから、そうも猛々しくも言えるのだろう。どれ、みせてみい。おまはんの脱皮の調子具合を、いい年をこいているのだろう。だいぶお勉強してきたようだ。遠慮するな。みせてみろ。ご老体の脱皮状況を。痛くも痒くもない脱皮なら、なんぼでも、やってみたい。ご老体の脱皮方法を、拙者の手本にいたそう。

全体、これっぽっちの目新しい主張も思想もないのが、泥炭氏の書き込みだ。神はいるのかいないのかに代表される神学論争の典型例だ。誰それに戦争責任があるというなら、徹底的に洗い出し見ればよい。それはおまさんの仕事だ。自己批判しなければというなら、まずは、てめぇ自身から自己批判しなくてどうする。おまはんのおとちゃんは、陸軍二等兵として戦死なされたと聞く。おまさんが、土下座しなくて誰がする。

それほど先の戦争で、日本人が悪いことをなしたと言い募るなら、北京でも上海でも、どこでもよいが、さっそく土下座行脚の旅に出よ。わたしはゴメンだ。ようするにだ。泥炭氏の記事を、もう少し斟酌してみればという話だが。泥炭氏の父上様は兵隊として徴集され、南方戦線において戦死なされた。終戦直前のことであったのだろう。多くの日本兵が戦死した。当の父上もまた泥炭氏によれば「加害者」では毛頭なく、むしろ「戦争被害者」なのだという主張なのだが、わたしには、黒を白と言っているようにしか聞こえない。よくある極めて単純な功利的逆説だ。早い話が詭弁にすぎまい。加害者が被害者の仮面をかぶってモノを言い出すことは、よくあることだ。

さても昨日、ご老体は次のように法螺をふく。

国籍を忘れて被害者同士の団結はできないのか。国籍を忘れて一緒に戦争の原因を見つけ出そう、韓国の人たちと一緒に闘おうと言ったら、虫が良すぎるのだろうか。私も被害者

仮にも自分の国籍を忘れた「ふり」ができるのは、国際テロリストか、はたまた根っからの共産主義者ぐらいなものでしょう。それは親の顔を忘れた「ふり」をすることであり、ただいま使用している母国語を忘れた「ふり」をして、母国語を使いながら母国語と「祖国」を侮辱していることに等しいことだと思いますよ。自己が存在していることに対する大いなる矛盾論だと思いますよ。好意的に見ても感傷のたぐいでしょう。

あなたのことは、実際にあったこともなく、仔細には知るところもないのですが、いくつかの書き込みでおおよその外貌を知りましたが、あなたの場合は、誰にもまして足の先から頭のてっぺんまで日本国民そのもの、なのではありませんか。あなたの父上は終戦直前に日本兵として、出征し、台湾沖で戦死なされた。そのとき、あなたは生後五ヶ月だったとのこと。戦後70年の日本の歴史の、なにもかもがあなたの人生そのままです。父上様の顔を見ることもなかったが、賢明な母上さまのおかげで、あなたは、それなりの学歴を積まれ、先年、退職なされ、いまや悠々自適の年金生活。お孫さんが七人もいらっしゃるとのこと。まれに見る成功者といえるでしょう。

日本国籍のあなたに同年代の方々の多くが、今現在、どれほどの生活的困難の中にあるか。あなたは分かっておられまするか。もちろん彼らのことのなにもかもが、あなたのせいではない。

あなたの場合は幼少のころより、母上さまの言うことをよく聴き、お勉強に励み、自助努力をなさった。その暁としての今日の老後的幸福があるのでしょう。どこが被害者なのですか。口先だけで被害者面をしているだけだと思いますよ。思い出してごらんなさい。あなたの小中学校は、遺族年金でまかなわれていたことは否定できないでしょう。高校以後は奨学金でまかなった。大学を卒業して公務員として定年まで勤められた。おそらくどこか公立機関の研究職かなんかだったのでしょう。それを言うのです、わたしなどとは違って、あなたの場合は足の先から頭のてっぺんまで、日本国によって賄われてきた人生ではなかったのか。こうして死ぬまで日本国政府のお世話様だ。骨の髄まで、親方日の丸で、ここまでやってきたあなたが、国籍がどうのこうのと、いまさら言える資格があるのか。

どこが被害者なのですか。いい年をして、心にもない虚偽発言はいい加減にしたらどうですか。靖国神社に鎮座まします、あなたの父上様が、いまごろ泣き笑っているだろう。これ亡国の馬鹿息子よ、と。

以上、ご老体。あなたの真意を汲み取ろうとも思ってみても、どれも思いつきによる口先だけのようにしか聞こえませんよ。少なくとも、わたしが自分の国籍にこだわるのは、基本的に日本が好きで、自分の国としては、日本国以外には想像することもできないという狭量かもしれませんが、そうした事情があるからです。生まれたときから、この国の中で暮らしてきたのです。それで、まんべんなくなにもかも幸福かと聞かれれば、それはいろいろあるでしょうが、おおむね幸福だと思っていますよ。日本という国に満足しています。わたしでさえそう思っているぐらいなのですから、あなたのように、それこそ「ゆりかごから墓場」まで、なにもかも親方日の丸でやってきた人が、国籍なんぞ、どうでもよいというような乱暴な発言を、どうして、なさるのか疑問がわいたのです。

いつぞや、あなたは次のように掲示板に書いていた。「国際問題を考える上でもはや国籍に拘って居る時代ではない」と。だがそれは少なくとも「政治」という側面においては逆だと思いますね。自分が所属(国籍)している国が、少しでも平和な、よい国になって欲しいとは思いませんか。世界のどの国よりもです。スポーツにおいても、文化や学芸においても、経済においても世界一立派な国になって欲しいとは思いませんか。あなたのお孫さんのためにも。

70年前に、台湾沖で米軍に船が撃沈され戦死なされたあなたのお父上様も、同じようなことを思っていたのではないでしょうか。なにも無理やり徴兵されて、のこのこと出かけていった挙句の果てに、語弊があるかもしれないが「犬死」したわけでは全然ないと思いますね。まずは家族の安泰を願い日本という国が、さらによい国となり世界が平和になることを胸いっぱいに信じて出征していったに違いないのです。

 

 

 <2014.11.03 記>

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