大江戸八百八景

歌は世につれ世は歌につれ

▼味噌のかたまり啄木ラーメン

2015年03月18日 | ■イデオロギーの穀潰し

 

2015.03.18 上野 

 

 ラーメンを喰いて後、駅構内に参りて啄木の歌碑を写真に撮りけり

 

ふるさとの訛なつかし

停車場の人ごみの中に

そを聴きにゆく

 

思うにおそらく啄木は、一度たりとも、こんなことだけのために上野駅には来なかったに違いない。そこが啄木の啄木たる所以と言えるかもしれない。感傷的かつ革命的な三行詩が、書物から得たのだろう覚えたての西洋の新思想の風情に乗せて、いくらでも湧いてきた。言葉に酔うという作用が詩歌文学には多分に含まれている。非現実の空想が自分の発した言語からさらに妄想されて、まぶたの裏側に出現してくる。これが後々まだ物の知らない青少年相手に伝播されて悪さをするのである。

 

五歳になる子になぜともなく

ソニヤという露西亜名をつけて

呼びてはよろこぶ

 

「労働者」「革命」などという言葉を

 聞きおぼえたる

五歳の子かな

 

友も妻もかなしと思うらし

病みてもなお

革命のこと口に絶たねば

 

東海地方には一度も足を伸ばしたことがないにかかわらず次のようにやすやすと詠ってしまう。

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる

 

啄木の生前に「資本論」はまだ翻訳途上で刊行されてはいなかった。

我が友は、今日もまたマルクスの「資本論」の難解になやみつつあるなん

 

明治末年、飛行機はまだ試験飛行の最中だった。高度十メーター飛行距離百メーターぐらいであったらしい。まともに空を飛ぶ飛行機はまだ誰も見ていなかった。

見よ、 今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを

 

虚構を並べて詩歌を作っていたことは、啄木自身よくわきまえていたようで、まれには次のような歌もある。

何となく、自分を嘘のかたまりの如く思いて 目をばつぶれる

 

 

 

 

 

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