現代俳句1日1句鑑賞/2011年

高橋正子/俳誌花冠主宰

12月24日〜31日

2011-12-20 07:26:54 | 日記

12月31日
去年今年貫く棒の如きもの     高濱虚子

「去年今年」の季語であまりにも有名になった句である。虚子は、客観写生を唱えたが、虚子自身は、大変主観の強い人間である。去年が今年となっていく時を「棒の如きもの」と主観の強さで把握した。太い棒のような時は、虚子の一貫した人間の太さや力とも言えよう。

12月30日
野焚火の四五人に空落ちかかる      臼田亜浪

12月29日
母なる大地ここは雪の下に      川本臥風

12月28日
身にまとふ黒きショールも古りにけり      杉田久女

防寒にショールをまとう。ショールは、防寒の用だけでなく、気に入ったお洒落なものをまとう楽しみもある。買ったときは華やかに身を包んでくれたショールも、年々使って古びてしまった。ショールが古くなることは、つまり自身から、若さや華やかさが失せることでもある。うだつの揚がらない田舎教師の妻として、境遇を思う悲哀がある。

12月27日
許したししづかに静かに白息吐く     橋本多佳子

許しがたく憤ることがあって、昂ぶっていたが、考え、時間が過ぎてみると、次第に「許したし」の心境に落ち着いてきた。憤りを静めるように、意識して静かに吐く息である。寒い折、その息は白くなって、自分の目に、静まって行く気持ちが確かめられる。多佳子らしい感情が出ている。

12月26日
冬霧やしづかに移る朝の刻        谷野予志

霧に包まれた冬の朝の静かな時間を、作者自身の静かな行為の中で詠んでいる。霧が深く立ち込める情景は、空間も時間も動かないというほどに、「しづかに」動いているのである。

12月25日
足袋つぐやノラともならず教師妻     杉田久女

久女は女子高等師範学校を卒業した秀才であるが、絵描きの田舎教師の妻となった。夫の将来に夢を託していたが、凡々と暮らす夫に不満が募り、そうかといってイプセンの「人形の家」の主人公ノラのように家を飛び出していくこともせず、もんもんとして、足袋の破れをつぐような生活を送る日もあった。女性の自立を問う句であることに、今も変わらない。

12月24日
冬の海越す硫酸の壺並ぶ        谷野予志

船に載せられて運ばれる工業用の硫酸だろうが、硫酸とは、ただならぬ。その硫酸が壺に入れられて並べられているのを目にした。冬海が荒れれば、硫酸は壺のなかで揺れる。いかなる事件が待ち受けているかもしれない危険がある。そういったことを予測させて、ミステリーが始まるような鋭い句。

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12月1日〜23日

2011-12-20 07:24:43 | 日記

12月23日
 図書室留守番
書を読むや冷たき鍵を文鎮に        中村草田男

「図書室の留守番」と前書きにある。図書室にだれも来ない時間は書を読むのにいい時間だろう。図書室の留守番の責任者として鍵をもっているが、どこへ掛けて置くでもなく、手元に置いている。すぐ司書係の教師がもどってくるからでもあろうが、木札などの付いた学校の鍵は書を読むときの文鎮として丁度よい。草田男の文学者らしい一面をありありと読み取ることができる。このような鍵の持ち方を見ると、普段は、つい鍵の置き場所を忘れるのではないかとも思ってしまう。

12月22日
堪へてゐる冷えと歯痛とひとつになる    川本臥風

暖房が今ほどではないころは、冬の寒さは耐えがたい。しんしんと冷えてくる日など、歯痛が始まると、それをどう治めることもなく、だたひたすら耐えることに終始する。部屋に広がる冷えと歯痛とが、分かちがたい感覚として体にとらえられている。臥風先生にしてのみあることだろう。

12月21日
くらがりに傾いて立つ炭俵         谷野予志

谷野予志の天狼調と呼ばれる代表句である。「傾いて立つ」は口語で、口語俳句として完成度が高く、文語よりも口語であることにこの句の真価がある。また、一句一章としての名句でもある。くらがりに炭俵が立っている光景は、炭で暖をとっていたころには納屋などでよく見かけた。炭俵は使いかけると、口を開けて傾いて立っていた。物に即した句である。

12月20日
誰か咳きわがゆく闇の奥をゆく       篠原 梵

闇をゆく自分のほかには誰もいないだろうと思いながら歩いていると、そうではない。自分の歩いていく道の先の真っ暗闇に咳をして歩いてゆくものがいる。咳がこぼれることによって、「闇に奥」が感じられた。仕事を終えて奥深い闇を帰る二人の男の距離に、都会市民の生活が見える。

12月19日
広告塔かけのぼる冬至の夜空        川本臥風

冬至の夜空は、早く暮れてすでに真っ暗である。その夜空にネオンサインの広告塔がある。漸次点灯するネオンなので、光が夜空へかけのぼっているように見える。冬至という一年で最も昼間が短い特別な日の夜空であるので、漆黒の夜空に点る広告塔が生きもののようである。

12月18日
冬菊のまとふはおのがひかりのみ     水原秋櫻子

冬菊の、ひかりのような静かなたたずまいが、全てを排して詠まれた秋櫻子の代表句のひとつ。寒気の中の菊の花は、その香りよりも花の

色に心が留まる。みずからのひかりに包まれた菊が寂光土の花のように思える。

12月1日
水漬きつゝ木賊は青し冬の雨      中村汀女

木賊が植えてあるところに雨水が流れ溜まってくる。雨水は薄く濁って木賊の青い茎を浸し、いかにも冷たそうな姿である。「青し」の感覚は冴えている。「冬の雨」と平凡に言い終え、求心的でないところが女性俳句らしいが、それもよさであろう。


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11月16日〜11月30日

2011-11-18 09:21:25 | 日記

11月30日
冬空をいま青く塗る画家羨(とも)し     中村草田男

なにか晴れきらぬ思いを持って、親しい画家を訪ねていったときのことだろう。画家の筆の運びを寡黙に見守っていると、画家は冬空を青い色で塗り始めた。冬空を青く塗る画家の心境を羨ましく思った。草田男の思いは仕舞われ、二人の会話は別の話になった印象である。

11月29日
枯蔦となり一木を捕縛せり      三橋鷹女

一木の幹に絡まっている蔦は緑に茂っているときは、「捕縛」の意識よりむしろ緑の涼やかさに目が行くが、枯蔦となると、紅葉した葉、枯れた葉をところどころにつけて、木に絡まっている具合が目に入る。拠っていながらその木を「捕縛」している。蔦の強靭さを見て取った。人間関係でもこういった関係がありそうなので面白い。

11月28日
木の葉髪うたひ嘆くやをとこらも     三橋鷹女

「木の葉髪」は、秋になり、人の髪の毛が抜けやすくなり、木の葉の凋落を思わせるようであることからの言葉。男性らも、木の葉髪を嘆き、それを歌にするとは、の思いで、男性への揶揄がある。「若さや凋落を嘆くのは女性ばかりと思っていましたが、お強く、見かけなどは女の気にすることと嘯く男性もそうでいらっしゃるのですか。」

11月27日
白鳥といふ一巨花を水に置く        中村草田男

11月26日
白き息はきつゝこちら振返る       中村草田男

誰かを見送りに出たときのことだろう。見送られる人は幾分遠くまで去って行って、ふと後を振り返ったが、振り返りざまに、その人の吐く息が白くはっきりと見えた。白い息に人間の温もりがあり、その人との繋がりに、別れがたいような気持ちさえ湧いている。暖房の行き届かなかった時代、白息に冬の厳しさと人間の温みが感じ取れる。

11月25日
石蕗に虻来る日よ四辺澄みわたり        星野立子

11月24日
スケートの紐むすぶ間も逸りつつ        山口誓子

11月23日
行く馬の背の冬日差運ばるゝ         中村草田男

馬が目の前を通り過ぎて行く。荷を乗せない馬であろう。馬の毛並みに冬の日があたってつやつやと眩しいほどである。過ぎて行く馬の背中はつやつやと輝いているので、「冬の日差が運ばれる」思いが強くなる。馬の一定の足取りに歩みの足音さえ聞こえてきそうだ。

11月22日
峠見ゆ十一月のむなしさに         細見綾子

草田男の句に「あたゝかき十一月もすみにけり」がある。草田男の句が、自身の心の在りようをはっきりとさせ、前進の意欲があるのに比べ、綾子のこの句は、十一月をむなしい月であったとし、不足の十一月となっている。十一月を生き、為したことのたむなしさに遠く峠を眺めているが、むなしさを埋め合わせるものがあるわけではないだろう。

11月21日
バスこみあう中猟銃の長き直線       川本臥風

こみあうバスの中に、人の顔をよぎって猟銃の鉄筒が、まっすぐに伸びている。発砲するようなことはあるまいが、物騒である。これから猟に出かけるところであろうが、猟をする山の麓までは、市民の乗るバスで行かなばならない。こういった時代であった。乗り合いバスには、さまざまな風俗や、季節までもがある。

11月20日
足袋裏を向け合うて炉の親子かな      臼田亜浪

炉辺に暖まる親子。くつろい伸ばした足の、足袋の裏と裏が向き合う格好になった。足袋の裏と裏とが、語り合うようで楽しい。家族のくつろいだいい風景だ。

11月19日
蔦枯れて一身がんじがらみなり       三橋鷹女

鷹女にはほかに枯れ蔦を詠んだ「枯蔦となり一木を捕縛せり」という句がある。「がんじがらみなり」も、「捕縛せり」も枯れた蔦のすざましい力を言ったものだが、すざましいと言ってもどこか細さがあるのが女性俳句。枯れた蔦は、一身をがんじがらめにしている。見ようによっては、けなげさも感じさせる。

11月18日
大き落葉すこしづつ地を吹かれ進む     川本臥風

大きな落葉は、プラタナスなどの葉であろうか。風が吹く度に、その位置を少しずつずらして動いていく。「吹かれ進む」の「進む」は、大きな落葉に意思を見た表現。吹かれる落葉の行方をしばらくは見ている静かな観照態度は、他方において鋭い観察眼であると言える。

11月17日
木曽路ゆく我も旅人散る木の葉        臼田亜浪

11月16日
初冬の徐々と来木々に人に町に        星野立子
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11月12日〜11月15日

2011-11-18 08:02:55 | 日記

11月15日
返り花三年教へし書にはさむ        中村草田男

11月14日
許したししづかに静かに白息吐く      橋本多佳子

11月13日
冬晴れを愛す厠の窓からも        谷野予志

厠にのぼっても冬晴れの日はすがすがしい。厠の窓から空を覗くと小さな窓からは冬晴れの青い空のかけらが見える。「愛す」は、稚いもの、小さいものに使われる「愛す」なのである。厠の小さな窓にある冬晴れの空のかけらだから、「愛す」の語が選ばれた。

11月12日
冬座敷ときどき阿蘇へ向かふ汽車      中村汀女

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11月8日(火)/立冬〜11月11日(金)

2011-11-18 07:56:45 | 日記

11月8日(火)/立冬
★冬来れば母の手織の紺深し        細見綾子

明治に入ってもそうであったろうが、嫁入りには機織ができることが条件の一つである地方もあったであろう。母の織ってくれた手織りの紺の布。紺木綿だろうか、手触りもあたたかく、色も深い。身に纏っても着心地がよくて体に馴染んでくれる。純朴な母の愛をしみじみと感じることである。(高橋正子)

11月9日(水)
★初冬やシャベルの先の擦り切れて     山口誓子

初冬。シャベルで土を掘り起こそうとすると、土は意外にも固く手強い。シャベルはよく使ったせいで、先は擦り切れ、土に磨かれて銀色に光っている。その光りの寒く冷たそうなこと。いよいよ冬が始まったのである。(高橋正子)

11月10日(木)
★柔らかき毛糸の嵩をおし包む       中村汀女

以前は衣類の、特に冬支度は家庭の主婦の大きな仕事であった。家族の毛糸の編物をするのは主婦の仕事であった。セーターなどを解いて、糸にして洗い、編みなおすこともあった。新しい毛糸の場合もある。これから編むやわらかい毛糸の幾かせかを風呂敷などに包んでおいたりする。「おし包む」は、風呂敷の結び目も小さくやっと結べるほどの嵩の毛糸である。滞りなく進められるたのしい冬支度が詠われている。(高橋正子)

11月11日(金)
  亜浪先生逝去  
★この冬空の下のどこにも先生亡し     川本臥風

十一月十一日は、臼田亜浪の忌日。臼田亜浪の主宰した俳句雑誌「石楠」の最高幹部であった臥風先生にとって、その喪失感は大きかったであろう。冬空の下に、どこかに居られてもよさそうであるが、死後はどこにも居られないのである。そのことが実感されると、ますますにさびしさが募る。(高橋正子)


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8月7日

2011-08-07 14:42:29 | 日記
七夕竹惜命の文字隠れなし      石田波郷
 
句集『惜命』(昭和25年刊)の題ともなった句で、昭和24年作。句集『惜命』は、療養吟を集めたもので、多くの結核療養患者の感動を得た。療養所での闘病生活は長く、患者たちは、軽症のもの、重症のものを含めて、ひな祭、端午の節句、七夕、お月見、クリスマスなど、季節の行事などをして楽しみ、療養生活の慰みとする。七夕祭には、患者たちのおそらく偽らぬ願いが書かれ短冊が吊るされる。その短冊のなかに「惜命」の文字を見つけ、意を得て心に刻んだのである。療養生活は、たしかに「惜命」の日々に違いない。その文字は、命を愛おしめとばかり、緑の笹に隠れることもなく、はっきりと目の前にある。七夕星の逢瀬も星にあっては、「惜命」のときである。それに重ねて、七夕竹の露けさも命のはなさを強く印象づけるものであって、これらが重層して、「惜命の文字隠れなし」の感懐が強く表出されたのである。
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8月6日

2011-08-06 14:41:37 | 日記
火の山の裾に夏帽振る別れ      高濱虚子
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8月5日

2011-08-05 14:37:17 | 日記
太陽の出でて没(い)るまで青岬      山口誓子
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8月4日

2011-08-04 14:35:04 | 日記
滂沱たる汗のうらなる独り言     中村草田男
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8月3日

2011-08-03 14:34:04 | 日記
われに傾ぐ大きな蓮の葉の無疵     川本臥風
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8月2日

2011-08-02 14:32:55 | 日記
夏嵐机上の白紙飛び尽す     正岡子規
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8月1日

2011-08-01 14:31:55 | 日記
生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣     橋本多佳子
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4月7日

2011-04-07 08:50:45 | 日記
たんぽゝの皆上向きて正午なり      星野立子

たんぽぽは、朝日がのぼると開き、夕方は花を凋ませる。正午には太陽が南中し、たんぽぽの花は平らに開ききる。たんぽぽは正午の太陽に上向くのである。的確な写生が本質を掴むことになった。
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4月6日

2011-04-06 08:49:51 | 日記
桜昏しはげしき天の白光に       川本臥風

満開の桜は、天の白光によって、昏い陰影を持つようになった。光が差して物に陰影ができたのだ。桜の色を昏くさせるほどに強い光に、仏の現れを感じ取ることができようか。鋭い感性が詠んだ桜の句。
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4月5日

2011-04-05 08:49:13 | 日記
シャボン玉につつまれてわが息の浮く      篠原 梵
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