俳句日記/高橋正子

俳句雑誌「花冠」代表

12月2日(金)

2016-12-02 10:03:59 | 日記
★純白の苺の花も十二月  正子
「苺の花」は、春の季語だが、この句は、「十二月」に季題の働きがあって、冬の句である。「純白」に作者の詩情がある。(高橋信之)

○今日の俳句
散紅葉少女ばかりが追うており/川名ますみ
紅葉が散るのを少女ばかりが喜んで追っている。子どもは散る紅葉をも遊びにしてしまう。散る紅葉に少女たちが混じった風景はよいものだ。(高橋正子)

●12月も2日になった。最近、現代詩のような俳句が目立つ、というか、マスコミに載る。外国の俳人が喜ぶような俳句を書いてどうする。なぜ、現代詩を書かない? 英語俳句もずいぶんやったが、50年前は外国の俳人も日本の思想を大切にした。日本の良さを吸収しようとしていた。

北溟社の私の句が載った来年用の俳句手帳を最初の一人にゆうメールで送る。去年は結構喜んでいただいた。

○初嵐(椿)

[初嵐/横浜日吉本町]

★慎ましき白き椿の初あらし/高橋信之
★庭の樹の間に咲けり初あらし/高橋正子

今日は比較的穏やかで過ごしやすい一日で、庭仕事で少し動くと汗ばむような日和でした。庭仕事をしていると、白い物が目に止まりましたので、見てみると初嵐がこちらを向いて咲いておりました。色々調べてみますと、「初嵐」は、すでに1847年の「剪花翁伝」には記載されているという古い品種だそうで、白い色で、一重で筒咲き、もしくはラッパ咲きで蕾は尖っております。中輪で10月から3月にかけてが開花期といわれておりますが、我家の初嵐は、毎年炉開きの頃咲き始めます。ところが、今年は太神楽を使ったので忘れておりました。「初嵐」という風雅な名にふさわしく、清楚で優しい雰囲気の花です。(ブログ「tyakoの茶の湯往来」より)

俳句日記/高橋正子 1999年12月17日(金)
雨が降りそうな気配。砥部のわが家をのぞく。ほぼ一年ぶりだが、思ったより雑草が生えてなく、それでも冬らしい庭になっている。ひいらぎは、花が終っていても、かすかな香り。山茶花は、今が盛りだけれど、花数は少なく、椿は、はつあらし。玄関の椿がいつもより早く、白い蕾をふくらませている。早春の黄色い花、さんしゅは、固い蕾を枝先につけている。万両もほうぼうに生えて、赤い実を光らせて、都わすれもだいじょうぶ。客間の机は、さすが、一年のほこりをかぶり、忘却のかなたから、やって来たように鎮座している。はなれに括って置いた本も、傾いてすでに、記憶の残照のようである。こういう光景は、仮の世にまちがいない。


◇生活する花たち「柊・茶の花・錦木紅葉」(横浜日吉本町)

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