梶哲日記

鉄鋼流通業社長の日々

伊藤祐靖という人(その2)

2017年05月06日 06時24分18秒 | Weblog
氏の父親は、昭和2年生まれ陸軍中野学校出身です。戦時中に軍籍を抜かれ、蒋介石の暗殺命令を受け、そのまま終戦を迎えます。戦後は一般人として普通に生活はしつつ、「暗殺命令は却下されていない」と、いつでも作戦行動がとれるよう、蒋介石が死ぬまで戦後30年間訓練と準備を重ねていたとのことです。

氏はそのもとに生まれ、厳しい教育など一切されなかったけれど、父親の生き方や考え方に、自分の観念がひっくりかえることが沢山あったと話されます。日体大卒業後は体育教員に内定していたそうですが、自ら志願して海上自衛隊の最下級生として入隊します。志願は父親の意向ではないと言われますが、しっかりとDNAを受け継いでいます。

話は戻りますが、能登半島沖不審船事件が起き、これを切っ掛けに海上自衛隊内に初の特殊部隊を創設され、氏はその部隊に大きく関わります。足掛け八年を先任の小隊長として勤務し、世界と肩を並べる態勢になりつつあところまで現場を指揮されます。

しかし42歳の時、艦艇部隊に戻れと命ぜられ、日本は本気で特殊部隊を使う気がないと確信して自衛隊を辞めます。そしてその二日後、民族・宗教闘争や殺人が頻発する比国ミンダナオ島に飛びます。治安の悪い場所で、腕だめし運だめしをしたくて、また特殊部隊で築いたコネを維持し世界で通用する技術を後進に伝える為に。と、動機を語られます。

実際に行って緊張感があり過ぎるという誤算の中で、沢山の出会いと別れ(死別)を繰り返します。水中格闘を始め各種の技術を習得し、氏が今実際に使える技術や役立っている経験は、特殊部隊を辞めた後、あの島で得たものが90%以上であると言い切ります。

能登半島沖事件の秘話、特殊部隊創設の詳細、ミンダナオ島で経験した戦いの本質、帰国して抱いた日本に対するあらたな想いなど、氏は自らの書『国のために死ねるか』の中に著しています。私の概念に無かった「目の前の敵と戦うことの本質」や、知ることが無かった「自衛隊(軍隊)の実態」に触れ、この本を一度読みまた読み返しました。

基本的に、一つの乗り物に乗って戦闘する海軍と個人が歩いて戦闘をする陸軍とでは、考え方や習慣に大きな違いがあると言います。一つは意思疎通の手段の違い、二つは意志決定のシステムの違いと氏は説明します。

海軍は、通信によってあらゆる情報を吸い上げ、それを最後は艦長一人で意思決定する。陸軍は、戦場で状況が変化して指揮官との意思疎通が図れない時でも上の意に沿う任務分析をして各自判断し、最後は一人の責任で意志決定する。この違いと言います。

「海上自衛隊の中に特殊部隊を創る。これは海軍の中に陸軍を創るようなもので、その文化の違いが非常に厄介であり苦労したことであった」と、氏は回顧します。海軍式か陸軍式か。経営者や会社はどちらを選ぶのか、これは企業運営の組織論でもあります。

幸い二回目の講演の後、伊藤祐靖氏と直にお話する機会を得ました。書かれた本は、優れた「ビジネス書」として、また自分の命を何の為に使うのかの「人生指南書」として、私は受け止めています。


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