梶哲日記

鉄鋼流通業社長の日々

前からの約束で

2017年06月17日 09時52分49秒 | Weblog
前からの約束があって大阪に行ってきました。今回の怪我を理由に先方にお断りして先送りする選択肢もありましたが、行くことにしました。怪我から二週間は過ぎて、ギリギリで何とか行けるまで回復して約束が履行出来ました。

大阪で一泊することもあって、ビジネスバックに荷物は最小にしたものの、パソコンや電源も入れましたので結構重くなりました。新幹線の行き帰りやホテルでは、仕事をするにはパソコンが必要なので致し方ありません。

二日間で歩いたのは一万歩を超え、それまでの二週間殆ど歩いてないこともあり、腰に負担が掛かりました。身体が大事ですので、他の人の邪魔にならないようゆっくり歩き、見た目などの恥も外聞もありません。お陰で、高齢者や歩行が困難な方の気持がよく分かりました。

怪我をして二日目に病院に行っただけで、その後通院はしていません。医者に相談したら止められたかもしれません。あくまで自己判断です。伺った先では、私の様子を見れば当然分かります。怪我の最中での訪問を歓迎して下さいました。

その大阪からの帰り、横浜で行われた通夜に参列致しました。大阪行きの二日前に訃報が入りました。大学のワンダーフォーゲル部の二年先輩で、肺線維症を長年患っていたとのことです。享年68歳でした。

肺線維症とは、様々な原因により肺胞(間質)が炎症を起こすと、肺は線維化して、硬くなって縮小するためガス交換が難しくなる疾患。肺が十分にふくらまなくなり、ガス交換がうまくできずに、酸素が不足し息苦しくなるとのことで、難病とされています。

その先輩とは卒業してからあまり音信は無く、今回始めて知りましたが、この難病と9年間戦ってきたそうです。その同期は、OBとなってからも山登りや旅行を盛んにしている代です。その先輩は肺線維症を患ってからは、一泊の宿だけとか限定して参加をされたそうです。

その旅行で車から降りて宿の部屋に入るだけでも、呼吸が苦しくて何分も時間を掛けていたと、通夜で同期の先輩から伺いました。そんな身体を押してまで、皆さんと逢いたがっていたと言うのです。現役時代からの、同期仲間の強い絆を感じました。

私が知っている高齢者の方で、近しい方の訃報が届いてもある時期から葬儀には一切参列しない、とおっしゃる方がおられます。亡くなった方には申し訳ないのだが、自分の身体の方が大事だと、理由を話されます。それも一つのポリシーであることは確かです。

私の怪我の最中での大阪行きと、先輩が難病を患っても同期の会に参加されたのと、比較してどうのこうのと話す気持は全くありません。しかしその先輩には、身体の辛さや無理を通しても、仲間を大事にして、自身もしっかり生きていこうとされる人間の尊厳のようなものを感じました。

当初私は大阪に行くだけで、通夜は失礼をしようかと考えていました。その通夜が終わり近くの別の処で、先輩方を中心に20名程が集まり偲ぶ会となりました。私が自宅に辿り着いたのは深夜となりましたが、通夜に参列をさせてもらってよかったと思っています。
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