梶哲日記

鉄鋼流通業社長の日々

初心を忘れない

2017年04月22日 06時22分54秒 | Weblog
『菜根譚(さいこんたん)』の中に、“「軒(けん) 」という大夫な乗り物に乗る身分になり、「冕(べん)」という高官の冠を付ける身分になっても、山林に隠棲しているような趣がほしい。また、世を離れて田園に隠居していても、天下国家を経営するが如き見識を持っていたい”との一節があります。

菜根譚は、中国明代の末期に、洪自誠(こうじせい)という人が著したものです。人生を生きる上での心構えや、逆境にあってもなお輝く人間の真価のあり方などを、諭している書です。野菜の根っこは硬く筋が多いけれど噛み締めれば味わいが出てくるものだ、とのたとえを伝えている書です。

私が長年師事している先生の勉強会で、菜根譚を今年一年掛けて学んでいます。冒頭のくだりは、「偉くなっても驕り高ぶらずにいることが肝要で、逆に隠居生活をしていても常に社会常識と理想を身につけていることが人間らしさである」、との意味です。

現代社会に置き換えると、「社長になっても初心を忘れることなく新入社員の気持を思い出し、新入社員は社長の気概を持って今から仕事をすることが、賢者の気構えである」と、その先生は説いておられます。

毎年、東鉄連と業界紙が共催している「鉄鋼新人・中堅社員教育講座」が、19日と20日に開催されました。わが社からはいずれも今年入社した、20歳の女性社員と、21歳と23歳の男性社員が参加しました。その23歳の社員は私の息子です。

浦安鉄鋼会館で行われた座学となる初日の19日、午後から私もオブザーバー参加いたしました。この講座の意義は、私にとってみると「初心を忘れることなく新入社員の気持を思い出す」こと、この新人三人にとってみると「今から社長の気概を持って仕事をする」こと。先ほどの菜根譚の一説にぴったりと重なります。

19日午後一番の講座は、東鉄連のメンバーである同業経営者の話しでした。社会人に成り立ての、自身の失敗を多く盛り込んだ、自分を飾らない体験談であり、正に新人に向けた素晴らしい内容でした。

この時間帯、その話される経営者の応援の為に同業者の社長が詰め掛けたのですが、その後は潮が引くように、経営者側は誰もいなくなってしまいました。私は、他の会社の新人も含めどんな雰囲気を持っているのか、極力その場に居ることで彼らと一体感を持てればとの思いもあり、残りました。

その日講座が終わった後、わが社の新人三人と一緒に新浦安駅のホテルに向かいました。慰労を兼ねた食事会です。当日の感想などは無理に聞かないようにしました。美味しい料理を食べてお酒が少しでも入れば、会社では見せない顔付きや、普段出てこない話も出てくるものです。

私にとっては、若い社員とフランクに話せる良いチャンスでした。彼らにとってみても、煙たいであろう社長を身近に感じる時間だったのではないでしょうか。そして私は彼らを通して、42年前の社会人になったばかりの当時の初心に、少しでも戻ることが出来ました。

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