新河鹿沢通信

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ミドリニリンソウ

2017年05月13日 | 地域の山野草
ニリンソウ(二輪草、学名:Anemone flaccida)は、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。春山を代表する花のひとつといわれていて特に珍しいものでもない。
属名の学名「Anemone」(アネモネ)は、ギリシャ語の「anemos」(風)を語源とし、春のはじめの穏やか風が吹き始める頃に花を咲かせるからともいわれている。花言葉の「友情」「協力」は一つの茎に仲良く2輪の花を咲かせることにちなんでいる。

深く裂けた根生葉を持つている。4月から6月にかけて白い萼片を持つ直径約2 cmの花をつける。多くは1本の茎から2輪ずつ花茎が伸び、和名の由来となっている。中には1輪や3輪のものもある。根茎で増えるため、群落を作ることが多い。わが家の山林で鍋釣山の杉林と雑木林の境界付近に群落を形成している。ブログ「ニリンソウの群生」2010.5.7に詳しい。

「ニリンソウ」に、萼片がミドリの「ミドリニリンソウ」があることはかなり前から知っていたが遭遇できないでいた。今回山野草の大家、仙北市の「渓風小舎」にお願いして「ミドリニリンソウ」に初めて出会った。案内された渓流沿いはかつては薪木を得るための林道が荒れていた。両側が急峻で岩場が多く、杉の植林には適さない場所らしく朝には熊が出る事があるという。途中上流から私たち一行をカモシカがジッと見つめていた。しばらくするとゆっくりと対岸の急峻な林に消えた。仙北市の山や渓流は湯沢、雄勝の山とは少し違う風情がある。渓流に足を踏み入れたら花の終わった「コチャメルソウ」が群生していた。湯沢の大滝沢で数か所見られるがこの沢の「コチャメルソウ」は呆れるくらい多い。沢沿いの両脇に咲き乱れるニリンソウはこの時期どこにでも見られる風景。しばらく歩いて、ここから「ミドリニリンソウ」が見られるとの合図で探し出したらすぐに見つかった。一輪見つけると白い花のニリンソウの中に、次々と緑の花弁(萼片)の「ミドリニリンソウ」があった。

さすが株立ちのものはなかったが、一つ一つ違う紋様。「ミドリニリンソウ」は限られた場所にしか生育できないのか、約1500m歩いて100m程の所でしか見ることはできなかった。それでも20数点の「ミドリニリンソウ」を数えた。デジカメの一部を紹介したい。すべて2017年5月8日のもので花は終わりに近づいていた。同じ沢でも「ミドリニリンソウ」が混じっている場所は他と何が違うのだろうか。仮にこの「ミドリニリンソウ」を他の場所に移しも、固定されていないために同じ物が出るとは限らないそうだ。

「ミドリニリンソウ」の中で、ミドリの萼片の回りが白く最もきれいだったのは下の写真。



下記は二輪とも同じ文様のミドリニリンソウ。



ニリンソウは初めの一輪と二輪目はやや遅れて開花するという。下記は一輪がミドリで二輪目がシロ。


二輪ともミドリ一色。



中には複雑は形のものも散見された。突然変異多くのニリンソウの中で二本あった。


中には3輪もあり、ミドリ色は一輪だけだった。


ミドリ一色とシロの縁取りのミドリニリンソウ。


少々ピンボケ気味だが捨てがたい。



ニリンソウの白い花弁のように見える咢片が、緑色に変わった「ミドリニリンソウ」を見たことがある人は少ないようだ。「ミドリニリンソウ」の名前は付いていても固有の種ではない。咢片の先祖帰り説や突然変異説。最近ではマイコプラズマによるウイルス感染症との説もある。一般的にそれほど珍しい花ではないと言われているが湯沢、雄勝での発見は今のところ聞いていない。

ニリンソウは食べられるというが私は食したことがない。お浸しすると特有の香味で個性ある味と聞いているが、あまりにも多くあって薄い葉っぱに食する気になれない。

猛毒の「トリカブト」と間違えることがあると言われが吟味すると違いがわかる。皆瀬の女滝沢の遊歩道近くには「ニリンソウ」と「トリカブト」が混生しているところがある。同じ場所にあると「トリカブト」はややおおがらにみえる。この時期になれば花が咲くので間違えることはない。「ニリンソウ」にはプロトアネモニンという毒が含まれている。熱湯で5分ほど茹でたあと水に10~15分ほどさらすとプロトアネモンが抜けるという。若いものより、ある程度成長して花の咲いているものの方が良いとの説がある。ニリンソウは古くから山菜として食され、飢饉の時は貴重なものだったといわている。中国では「ニリンソウ」を「林蔭銀蓮花」と呼び、黒褐色の根茎を乾燥したものを、生薬名で地鳥(じう)と呼びリウマチの薬として用いている。

今回念願の「ミドリニリンソウ」に出会い。「ニリンソウ」学名がギリシャ語の「anemos」(風)を語源とし、春のはじめの穏やか風が吹き始める頃に咲くことから名がついたという。ありそうでなかなか出会うことのない「ミドリニリンソウ」の中に先端がピンクがかかった「ベニサシニリンソウ」もあると言われている。出会えることの楽しみが増えた。
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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2017-05-17 15:13:23
私は病を得まして、皆瀬の福祉施設で静養しております。管理人さんから照会されまして、記事を拝見してます。クマガイソウの記事、思いあたる事でした。山野草は詳しくなく、全くの素人ですがタラノメやコシアブラ樹木ごとゴッソリ鋸で持って行く輩のいる時勢です。高山植物も金に見えるのかもしれません。山散策も以前ほどはママなりませんが、大滝沢や東ノ沢は鍋釣山の尾根づたいでもあり、山菜採りしたくてウズウズしている今日この頃です。
Unknown (Unknown)
2017-05-22 08:23:14
コメントありがとうございます。川連は雪消えが遅かったので今年の山野草の生育は遅れ気味です。この頃の天気で山菜は順調な生育のようです。食べるだけ採取しなるべく長期間楽しみたいのものです。静養中とのことですが早い快復を願っています。
病を得てアイデンティティにめざめる (駒形東福寺のジャンゴタロー)
2017-06-07 16:38:17
先日コメントを寄せました。S24年生団塊世代そのものです。18才から京浜と宮城にて過ごし帰郷して8年です。駒形地区の古をカルチャーセンターで結構しらべてるんです。鍋釣山の東陰は桐澤ですが東ノ澤も蕨取り等で人気スポットの様。熊も相変わらず出没してる様で、、、この地区は入会権で川連と東福寺で争った記録も見ると、東福寺側に川連地区を割当て東福寺分をわざわざ奥地に設定する等、了見の狭さを古老が嘆いたとか。地理院地図にも載ってる山道最終点の社は昭和20年頃終戦と、川連東福寺のわだかまり解消を祈念した旨の平和祈念石碑が杉木立の中にある。

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