神奈川工科大学/東日本大震災被災者支援ブログ

東日本大震災被災者への支援を目的として開設したブログです

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一年間、義援金をありがとうございました

2012-05-10 17:51:27 | 支援

学生の皆さん、食堂、自販機を利用の皆さん、カンパをいただきました皆さん

ありがとうございました。
4月25日、約1年にわたって募った義援金(906,090円)を厚木市福祉総務課の「厚木市東日本大震災支援基金」にお渡ししました。
神奈川工科大学有志代表ということで、学友会執行部会長の大内くん(I科3年)から、厚木市福祉総務課次長様にお渡ししました。

総額906,090円の内訳は以下のとおりです。

第1食堂379,020円、第2食堂100,200円、第3食堂69,000円、第4食堂70,350円、自動販売機70,740円、イベント等(①幾徳杯ドッジボール大会:42,120円、②栄養生命科学会:14,244円)、募金箱:160,416円

ご協力を頂いた大学との取引業者様にも厚くお礼申し上げます。

本ブログも一度閉じまして、あらたな支援のスタートを行いたいと思っております。

どうもありがとうございました。


KAIT東日本大震災支援ブログ管理者
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KAITボランティア団体交流会を開きました

2012-02-15 19:17:32 | ボランティア
2012年2月6日夕方から、K1号館201教室にて、
神奈川工科大学で活動しているボランティア団体の交流会を開きました。
・KWR修理屋
・ボランティアサークルLOCORO
・防犯ボランティアサークルKAIT BLUE
・ECO推進チーム"みどり"
・ECO組
・Bio Club ホタルプロジェクト
車椅子修理屋はもちろん東日本大震災後に多くの活動をしてきていますが、ECO推進チームも募金活動をおこなったり、また、エネルギーを考える活動も多様にされていました。

交流のみにとどまらず、宮城県女川町での復興活動をしている方にお話をいただくなど、有意義な時間を過ごしました。

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応援ランチと自販機での支援 報告

2012-02-08 18:22:18 | お知らせ
ブログ、たいへんごぶさたしてしまい、申し訳ありません。
今年最初の記事になりますが、引き続き、神奈川工科大学から発信していきたいと思っております。
なにとぞよろしくお願い致します。

KAIT支援ブログ管理者


学食での応援ランチと、自販機での応援ドリンクは、学内の皆さんのご協力で着々と義援金が集まっております。
昨年12月末締めで、以下のようになっております。

募金箱他 207,891円
第一食堂 328,290円
第二食堂 89,280円
第三食堂 62,670円
第四食堂 52,590円
自動販売機 52,860円
 合計 793,581円

皆さんのご協力、ありがとうございます。
引き続きご協力のほど、よろしくお願い致します。

学生課
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釜石からのお礼状

2011-12-26 10:55:58 | 支援
岩手県釜石市鵜住居町 仮設住宅 古川様より

謹啓、お世話になります。
この度はたいへんありがたい支援物資を賜り、誠にありがとうございます。
 時間と共に一般的には風化していくとは思いますが、被災地の私たちにとってはそこが生活の場であり、非現実の中の現実を生きています。
 報道等で取り上げられることもありますが、各市町村仮設住宅単位で支援に格差があることをご存知でしょうか。また、在宅、アパートなど、民間物件の借り上げに住む被災者に支援が届かないこと、障害者のグループホーム(入居者)に公的支援がないこと、など。
 このような方々を中心に高齢者、障害者の方々にご送付下さいました支援物資を配布したいと考えておりますので、よろしくお願い申し上げます。

2012年12月18日

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釜石に支援を

2011-12-19 19:05:59 | ボランティア
ロボット・メカトロニクス学科非常勤講師松沢明彦先生より、メッセージ


僕の友である あなたへ

 寒さがひしひしと忍び寄る季節。いかがお過ごしですか?

 私は10月上旬、被災した友人の住む岩手県釜石市鵜住居(うのすまい)を訪れる機会がありました。岩手県の花巻、遠野、釜石への道は、のどかな景色が続きました。釜石市街に入り、釜石駅を過ぎた道一本にて景色が一変。突然に壊滅状態の街が、目の前に飛び込んできました。約7ヶ月経ても、第三次の爪痕が街じゅうに残っていました。3.11東日本大震災当時は、ほんとうに大変な様相であったことが想像できました。

 さらに、海へ近づき三陸海岸を北上、鵜住居地区へ向かう道で言葉を完全に失いました。破壊ではなく、全く何も残っていない、跡形もない。家の基礎は残るものの、そこには「原っぱ」がただただ広がっていました。「これから街の開発が始まるの?」という原野の土地が続きます。その中心部に鵜住居駅があり、そのすぐそばに友人の家がありました。

 3.11東日本大震災後の大津波が、街の全ての形を奪い去っていきました。その津波が全てを奪い去った場所にて、友人の古川貞治さんと会うことができました。彼は、お母様、叔母様、叔父様、さらに親類の方々を40名以上亡くされました。さらに、同じ地域住民の600名以上が亡くなられていました。「家族も、知り合いも、友達も・・・。『想い出』さえも奪われてしまったんだ」と彼のつぶやき、今でも耳を離れません。

 現在、古川さんは被災者仮設住宅に入れられ、不便な生活を余儀なくされています。その過酷な状況の中でも被災された高齢者の方々に、地域集落の集会所を実費で借りて、ボランティア鍼灸・マッサージ施術をしています。私が訪れた日も施術をされる日で、私もお手伝いをさせていただきました。午後の数時間でしたが、古川先生を訪ねて治療を求める方々が、大勢こられていました。一人ひとりに語りかけ、治療しながら元気付け、とても素敵な空気が集会所を包んでおりました。彼自身も大変な状況にも関わらず、お年寄りに寄り添い、ちっちゃな集会所にてボランティア鍼灸、マッサージ施術をされて、さらに生きる力を伝え続けている。本当に頭が下がる思い、魂が震える感動を覚えました。


その友から【緊急SOS支援求む!】

とても小さい村落のために支援が行き届いておりません。
寒さに向かっており、高齢の方、からだの弱い方が、次の物資を必要としています。

暖かな セーター (高齢者が「ありがたやー」と声が出るもの)
暖かな 毛布 (新品でなくても可。でも、きれいな状態で)
暖かな 下着類 (冬物で新品)
暖かな 靴下 (あなたがほしいと思えるものを)

松沢非常勤講師が窓口で集めていますが、常勤の小川が一時預かります。
E1号館4階401小川研究室または402室小川教員室。
不在時は、E1号館3階302室学科事務室まで。

とりあえずの締め切りを12月26日(月)午前中までとさせていただきます。


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