CARNIVAL

管理人の日々感じたことと、日記のページです

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本当の被害者は誰?

2013年11月07日 21時29分18秒 | 雑記
ちょいととあるWEBコラムに意見をつぶやいてみた。

返信がきてうち、「分別を意図的に育てない」とはどういうことですか?と質問された。
教育に関していろいろあるんだが、自分が在校生だった時代には偏差値主義の時代だったのもあって
改めて教育方針の時代における移り変わりを交えて考えてみた。

まず、分別を定義するならやはり「やって良い事と悪い事を判別すること」と思う。
多くの場合、人は様々な失敗を経て「やってはいけない事」を経験として理解する。
ここで大事なのはあくまで「本人が痛い目にあって覚える事」が肝心であって、周りの大人が
「危ないからやってはいけません」と止めるのは余計なお節介というものである。
しかしながら「分別のない大人たち」はお節介どころか「危ないから禁止」という思考停止で子供を規制してしまう。

分別というのはコミュニティにおける様々な反応を学び取る事でしか育たないし、育つうちに
想像力がついて、早い話が「自分がやられて嫌な事は基本的に他人も嫌である」ということを学ぶ。
それが分別というものである。

卑近な例を出すと、自分の時代(ゆとり教育以前)にはいわゆる3ナイ運動があった。
これは法律では16歳になったらバイクの免許が取れることを制定しているにも関わらず
学校は当時問題となっていた暴走族の悪弊を持ち出して「バイク乗り=暴走族」よろしく
「買わせない、乗せない、免許取らせない」というのを校則として制定し、学生に押し付けてたのだが・・・
その結果、本当にバイクに乗りたい真面目な子はバイクに乗れず絶望したのに対し、
そもそも暴走族よろしく多くのアウトサイダーは「無免許でもお構いなし」に乗り回してた訳。
そして、やがて真面目な子ですらも尾崎豊の歌よろしく「盗んだバイクで走り出し~」て道を誤った。

話が脱線した。
本来学校というのは少なくともまず「勉強するところ」であって、思想を教える所ではないはずだ。
しかし、高度成長期に乗り遅れバブルにも乗り遅れた鬱屈か、教師はいつからか「権威」を嵩に着る様になった。
権威の象徴は校則であり、法律よりも校則を尊重してそのあまり学生を従属(隷属)させるようになります。
本来であれば「何故、やってはいけないか」の明確な判断基準があってしかるべきですが、概ね教師側の論理は
「俺が気に入らないものは総て禁止」をゴリ押ししてきました。逆らえば退学です。
そうすると学生側は最早思考停止するしかなくなります。年代別輪切り制の教育制度にあっては最悪3年も同じ教師とつきあいますし。
そうするとどうなるかというと「権威に寄り添う以外の判断をしなくなる」

これが「分別を意図的に育てない教育」の在り様です。

奴隷に分別は必要ありません。あるのは従順だけ。


で、これが大学生になって(あるいは高校生でも)学校とは違う種類の権威、それがたとえバイトで雇ってくれてる店であっても
「学校のセンセイ」という権威の眼の届かない場所で羽目を外したくなる。別の権威には逆らいたくなる。これは昔からあったこと。
そして今はSNS、そしてスマホというわずか5インチ程度の窓を通してしか社会を知ろうとしなくなった(思考停止のまま)
人間が羽目を外すとき、それは「自分がやられたら嫌な事を自分がやられるかもしれないという想像」はなく、
「何時の日か回りまわって権威を振りかざす人間にうっかりでも糞を塗りたくりたい」という鬱屈が行動に駆り立てるのだと思う。
間違っても自分に同じ嫌な事が降りかかるかもという想像は沸かないのね。だって5インチ程度の窓しか見てないんだもの。
ただでさえ狭い視野がスマホの登場でますます狭くなった。それがバカッターの本質なんだと思う。

分別が育っていたなら、そしてちゃんとした教師、学校、コミュニティの元で育っていたなら
「馬鹿なことをすれば信用を失う事」の取り返しのつかない恐ろしさをきちんと理解して、場合によってはそういう馬鹿を
止めようとはするのだろうけども・・・

悪い事にSNS時代というのは基本的に「朱に交われば赤」どころか同族しか集まらないので止める人が居ないという悲劇。
結局ゆがんだ教育に拠った被害者は誰になるんでしょうね・・・・・
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日本って結局箱庭が好き

2013年10月22日 22時37分48秒 | 雑記
うーむ、ここ入るのも久しぶりだ。今回Twitterで呟くには長くなりそうなのでこっちで呟く。

スマホ業界のいろいろ推移をみてきたんだが、この度DOCOMOがiPhoneに参加して、見事にコケたこと。
それ以前に日本の市場においてスマホ自体が世界市場と比べた場合にある種のいびつさが浮かび上がってるんだが

・まずもってスマホやタブレットの通信の基準にキャリア(AU、ソフトバンク、DOCOMO)と契約していないと
 使い勝手が大幅に(機種によっては9割も)低下するという問題
・キャリアと契約する場合は「どんな高額な端末であっても投売りに近い値段設定(¥0だの¥1だの)が許される事」
・あらゆる政治手段を講じてでも端末にSIMフリーを安直に認めない対応

一言で言ってしまえば「日本市場を基準とした3大キャリアによる囲い込み施策」なんだけど、これって昔どこかで見たことある。
最近でもガラパゴス携帯で顕在化したけど、もっと前。マイコンからパソコンへと遷るいわゆる黎明時代。

当時は様々なメーカーがマイコン、ないしはパソコンを売りに出していました。
NECが有名なPC-8001、それに対抗して富士通がFM-8(これが当時の2強)
日立も「パソピア」、ナショナルも松下も東芝も、それこそSONYも出していました。
百花繚乱といえば聞こえは良いけど当時から「周辺装置の互換性問題」がいろいろ持ち上がっていました。
特にNECはNEC製周辺装置以外全て動かない有様。いくらBIOSやドライバーを作ろうとしても
マイナーバージョンでNEC以外の周辺装置を弾いてしまう偏屈さ、今で言うなら当時から完全にNECガラパゴス化していました。

で、やがていろいろ淘汰されてNEC、EPSON(NEC準互換製品)、富士通が生き残りました。
当時のパソコンの平均小売価格は30万円です。新製品は中小企業の部長クラスがローンを組んで初めて買える値段設定でした。
しかし、ある日そこに当時のNECの最新型よりも少し性能の良いフルパッケージPCが売り出されました。
コンパックの10万円PCです。

当時の日本のPC業界は「古いPCを買い取る事により、最新型を結果的に安く買える」といういわゆる新古品戦略でシェアを固辞していましたが、
コンパックの登場、そしてMicroSOFTの機種間の壁を打ち砕くWindowsの登場によって、瞬く間に低価格PCの市場が形成され、
日本のメーカーは苦境に立たされました。

あれ?どっかでみたシチュだな?そうそう、iPhone登場時がそうでしたっけね。


当時から日本の携帯は無意味なほどに高機能を誇っていましたが、当時からキャリアによる囲い込みが異様厳しく
結果的に「電話として使い勝手がわるくなった」
しかも、マニュアルからして広辞苑並の厚さになっちゃってましたからね。
あの時点でも客離れがチラホラ見かけてたんだけど、そんな時に
「感覚的に使える(マニュアルいらね)デバイス」が発表されたのね

あの当時、キャリアメーカーの幹部は「あんなおもちゃ」と馬鹿にしてたけどさ、
結果的に「使っててワクワクする」「使い勝手が良い」でまたたく間に市場を席巻し、
ガラケー市場をぶっ壊しちゃった。
慌ててandroidに乗っかってスマホ市場に乗り込んだのはいいんだけど、せっかくの使い勝手も
通信キャリアの思惑のせいでスマホとしての楽しさに手械足枷がついちゃった。

今持ってるスマホはモバイルルーターによるWifiオンリーで使用してるんだけど、
該当通信キャリアのSIMカードが入ってないと「その機種純正のドライバーが使えない」ってもうアボガド。バナナと。

囲い込むのは本質的には正しい。ただ、選択肢を制限するのは当事者にとっての利点が明示できなければ唯の独裁である。
結局江戸時代からの関所行政から全然進歩してない訳よ。今尚ムラ社会がハバをきかせてる訳。
日本の主要な電気系統メーカーがスマホ業界から撤退してる訳でさ、

いい加減「囲い込み施策(シェア至上主義)」から脱却したほうがいいんじゃないのかねぇ・・・
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私は体育会系が嫌いだ

2013年01月30日 22時39分18秒 | 雑記
SNSではいろいろ述べてるが、私は難聴者である。

難聴を一言で言うと「コミュニケーションに難がある」ために一番損な障がいである
で、全体主義というのはそんな状況お構いなしに、言ってしまえば
「全体のものは全体のもの、お前のものは全体のもの」という悪平等な論理な訳。

難聴者は基本の情報取得の立場において健聴者に比べて圧倒的に不利な立場に居るわけですが
全体主義者はそんなことお構い無しに「お前も責任持て」とムチャ振りをかましてくださる。

言いたかないが「通りいっぺんの説明だけで引き継がせるなら成果も通りいっぺんしか期待しないで下さい」としか言えない。
明確に目標も方向性も説明されないままに協調性をもって「一緒に」行動させられるのはハッキリいって苦痛です。

そもそもで言えばそういった苦痛に対する特別手当もなにも出されない。
コミュニケーションに参加しないのは悪という風潮はどうにかなりませんかね?

会社の求める能力、スキルは満たしている。尚且つそれらを手際よく定時までに終わらせる
能率のよさも見せているのに、大事にされるのは外面は良いけど業務を無意味に引き伸ばして
無駄に残業代を不正にせしめてる人。

ウチを大事にしろというのではないけど、外面よければそいつがウチに嫌がらせしても許されるんかね
「あなたは大人なんだから我慢してください」ってか。

いいから「体育会系」はもう社会に出ないで下さい。
どうしても「体育会系」を堪能したければ自衛隊に入ってくれ。
うしろから銃で撃たれても俺はもう知らんがね。
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私は原発推進論者が大嫌いだ その2

2012年07月01日 18時13分40秒 | 雑記
大飯原発再稼動騒動において様々な騒動が勃発している。
聞けば、反対論者が地元に無礼を働いてる報道が嬉々として流れているが、言っておくがその彼らが本当に反原発論者ではなく、推進論者のプロパガンダ工作員でないという証拠庫も無い。

ま、それは置いといてハッキリ言うけどさ、推進論者は誰も大飯原発へ「原発再稼動賛成」で集まってない訳よね。それだけでも彼らの覚悟が全然感じられないわな。


推進は推進でいいんだけど、現状では日本という国はやろうと思えばなんぼでもダム湖を作り、その水量をもって原発を運営は可能な訳ですよ。
それこそ全国どこででも。
そして、山間部ってのは案外大地震による被害は非常に少ない(だからダムが作られるんですが)訳でして、津波も来ないし。

でもそういう非常に安全面での補償があるにも関わらず、そういう場所に原発は建たない。やれ、環境がどうの、やれ、仮に雨が来なくて水が無かったらだの、
そもそもそういうことも含めてあらゆる状況を考えてこなかったからこそメルトダウンが発生したんでしょうに。


要はさ、自分の住む近くに原発は建てて欲しくないと正直に言えばええやん。そうすれば大飯原発も遠慮なく再稼動を禁止できるからさ。
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私は原発推進論者が大嫌いだ

2012年06月30日 21時03分21秒 | 雑記
ここ最近原発の在り方についていろいろとつぶやいてるが、いい加減長くなるのでブログに場を移す。

自分のスタンスはあくまで「脱原発依存社会」であり、その根底としては発電業態はもっと様々な業態があり、
しかしながら官民挙げて異様にコストの安い(見た目ね)発電業態としての原発を「未来のエネルギー」ともち囃し立てて
日本において最も有用な発電業態としての地熱発電や太陽光発電パネルのネガティブキャンペーンを徹底的に行った。

本来リスクマネージメントというのは出来る限り多くの選択肢を用意しておき、ひとつの業態が破綻しても他の選択肢がカバーする(もしくは出来る範囲で運用する)ものである。
しかるに原発行政はマスコミを抱き込んで「原発以外の発電業態は大なり小なり炭酸ガスを排出するぞ」といったネガティブキャンペーンを繰り広げ、結果的に選択肢を狭めた。

その結果どうなったか。一昨年3月11日の巨大地震と(想定外の)津波により福島第一原発は停止し、最終的に原子炉溶融(メルトダウン)までいった。
しかも政府及び東電は避難勧告も出さず情報隠しに躍起となるあまり現場の命令系統が麻痺してしまい、原子炉容器の破壊まで行き着いたわけ。

その責任や問題点はここでは述べない。ここで述べたいのは「オール電化生活」などと能天気な施策を官民挙げて押し通そうとしてた矢先の原発総停止と、その影響。

ハッキリ言うと「原発が無いと成り行かない社会ならいっそ滅びれば(淘汰されれば)ええやん?」と思っている。
例えば4大都市(東京、名古屋、大阪、福岡)のど真ん中(近隣)に原発を建てるというなら話は分かる。都市部は他の発電業態が難しいからだ。

しかし、4大都市を外れて地方の機能として、どうして原発に依存する必要がある?
日本はどこを掘っても温泉が出る。技術的にも地熱発電は完成の域にあり、外国の運用を見ても「温泉が枯れた」という話はない。
何故ならば、温泉が沸く地下水由来の熱源と地熱発電の求める熱源は別々だからである。早く言えば地熱発電は地下水のある場所を使わないのだ(熱源としては低いからである)。
あるいは水力、予備的に火力、ガス発電。どうして選択肢を否定する必要がある?

また、風力発電や太陽光発電を「安定した電力供給ができないから」と言って

何故、「斬って捨てる」ような発言を繰り返すのか。

そもそも各家庭に太陽光発電パネルが普及していれば夏場、冬場のピーク電力は発電所に依存せずに済む。
また、不安定といわれる自然由来(地熱除く)発電も、あくまで「足しにする」程度ででも有用ではあろう?
なおかつハッキリ言うが太陽光発電を否定する人は昼間は寝ておけ。動くな。
基本、曇天雨天でも光が当たれば発電できると考えたらそれを否定するのは太陽の恵みを否定するのと一緒。野菜も食ってはいけない。

ここまで過激に発言するのは、基本的に原発推進論者のスタンスが反原発論者と同じく「オールオアナッシング」

「原発か?破滅か?」という卑劣な脅しに終始しているからである。

どうして原発に依存しない社会を考えようとしないのか。例えば重厚長大産業としても製鉄業は莫大な廃熱が発生するが、それを利用した発電を計画した。
しかし、大手電力業者は経産省に手を回し、余計な規制を作って電力小売からはじき出しました。
結局原発というのは麻薬じみた依存に陥る危険な発電だと考えた場合、それに群がってる利権団体の存在も納得できるものであり、
それ故に「そもそも関係者でないのに原発推進論者は関係者からいくばくかのお金貰ってるんだろう?」としか邪推できませんし、
反原発論者もほぼ全員そう考えてるでしょうなぁ。まぁ・・・自分の近隣に原発建設計画が出たとして、100万円だとはした金だが、1億円だったら心動くかもね。ま、無意味な話だが。
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正義の味方だ? 分かるか?お前のは道楽なんだよ!

2012年06月29日 21時36分05秒 | 雑記
Dark Night

先日バットマンの映画がTVで放送された。カットされた部分があるのはTVのご愛嬌として、2度目にみたDark Nightの感想を。

この映画のタイトルは「バットマン」ではない。その理由は徹頭徹尾、バットマンとしてのウエインの葛藤とその結果が物語っている。あれはウエインの物語ではなく完全にジョーカーの物語である。
ジョーカーの行動論理は恐怖政治というか、漫画「あずみ」で仲良し同士を組ませて「さぁ、殺しあえ」と言うあれにも似ている。
ジョーカーは平気で人を殺す。いかほどの躊躇いも良心の呵責もなく。時にサブキャラに自分の生い立ちを語ることがあるがどこまで本当かは分からない。
ただ一ついえるのはこの物語の根幹にも関わる事なのだがジョーカーは決して自分を悪と捉えていない。
あくまで「人間の持つ一面」を強調しているし、「お前らだって一皮向いたらその爆弾の起爆スイッチを躊躇い無く押すだろう?」とも言っている。

ラスト近くでお互いの船の起爆装置を押し合う事を信じて疑わなかったジョーカーだが、この映画では「こういうときのために~」と起爆装置を取り出した場面ですこし興ざめした。
あそこはむしろ「えぇ?信じられるか?あいつら押さなかったんだぞ!」とバットマンに八つ当たりして欲しかった。自分ならそうしてたw

いろいろ言われてるが、自分なら遠慮なくジョーカーにしろマフィアにしろ殺している。しかし、ウエインは殺さない。捕縛して警察に引き渡すだけ。
嫌な奴である。

ジョーカーはうすうす感づいてるだろうか、「バットマン=どこぞの金持ち」と決め打ちした脅迫をたびたび繰り返している。
どこぞの好事家が体を張って正義の味方を気取っていたなら(キックアスみたいにね)ジョーカーの方で脅迫以前に殺してたであろう。
そしてラストでバットマンにつきつける。「正義なんて嘘っぱちだ。俺はゴードンも堕としてやったんだぜ」と。
本当に正義の味方なら躊躇いなくビルから突き落としたであろう、それを救うのは偽善だ、と。

ジョーカー「お前は正義に何を期待してるんだ?正義でお前は全ての人を守れたのか?嘘っぱちだろう?」


ラストでバットマン=ウエインは追われる身になる。自らそう仕向けたとはいえカートゥーン時代の能天気にジョークを飛ばしつつ悪人をふっ飛ばしていた面影はない。

これはおそらくバットマンの舞台においての「警察=正義の味方」ではないからなのだと思う。
本来法を守るための組織でありながらスネに傷のある部下でも必要として使い続け、結果的にゴードンを失望させた。
多分だがゴッサムシティに本当に必要なのは警察側のアウトサイダーとしての「ダーティハリー」の存在なのだろう。
しかし、ダーティハリーが登場するとバットマンという物語も意味を成さなくなるのも確かではあるが・・・(w;
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確かに老害は甚だしいけども

2010年04月06日 21時45分55秒 | 雑記
今、某化粧品会社に就職して、契約とはいえ3年経ちました。
思えば以前の会社は肉体労働であり、今の会社へは事務系と言う
180度違う業務へ、しかも中年で中途採用です。
すぐに正社員ではありませんが、「己が為しうる技術を発揮できる」のが
良い会社であろうし、それを正当に評価してくれるならなおさらです。
まぁ、今の会社、少々制度の面で忙しすぎて少し不安もありますが。

さて、本題。
http://www.webdoku.jp/tsushin/2010/04/04/008042.html
えー、これ、必ずしも良い話とは言いません。しかしながら
反面では正しいともいえます。
自分は丁稚奉公や滅私奉公は絶対認めません。しかしながら・・・
今の会社に入ってとある上司から言われたある言葉を贈りましょう。

『雑用なんてものは無い。自分のすることを雑にした時が雑用なのだ』

例えば入社してすぐに簡単な作業や単純作業をやらされたとします。若いうちは
「なんでこんな『雑用を』」と思うでしょう。
しかしながら若いうちは『何ができるのか、何が得意なのか』を見極められる人なんてこの世に居ません。
三国志で曹操が『唯才』を唱えて賢人を招聘しましたが、そも、賢人と言われる人も最初は凡人でした。
自分の才能を自分で見極め、それを売り込んだ、それができた時代だったのが三国志の時代でしたが、
今、できないと思いますか?できないのだと思い込まされていませんか?

この、大学生からであれば20歳前後でしょう。では聞きますが、20歳の今
『10年乃至は20年後に何ができるか』を主張できますか?
今貴方が入ってる、もしくは入ろうとしている会社で何がしたいか何ができるか、
確固とした意思、志でもって入社した人はどれくらい居るでしょうか?
ましてや、叩くとすぐ折れるようでは重要な仕事をまかせられると思いますか?
どんな些細な仕事でも疎かにしてるなら、もっと重要な仕事はまかせるには不安ですよね。

まぁ、現状一番の問題は当の上司や先輩の方が大事な仕事すら雑にしてる会社が多くなってるということですががが・・・
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頭の悪いやつ

2009年10月08日 21時30分11秒 | 雑記
今朝、通勤時、淀屋橋の駅にて、改札の前で26,7歳と30歳前後の男が止まっていた。
てっきり切符の確認かと思って横を通ったらば

携帯ゲーム(PSP)での通信対戦をしていた

いい歳してもう死んでいいよ。
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冷蔵庫が

2009年10月06日 22時18分58秒 | 雑記
やってきたヽ( ´ー`)ノ

以前のに比べると少しだけ使い勝手が違うが、新しいのに変わるとまぁ、当然か。
慣れてくれば、それ相応の使い方へと皮っていくしね
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この世の終わり?

2009年10月01日 23時34分13秒 | 雑記
決算期にあるまじきヒマさで仕事終わりつつ、岐路につく途中で
空を見上げたら月も出ていないのに空が妙に明るい。
18:30とはいえ、もう日が落ちて暗いというのにホンノリと
朧げに光ってた。

もしかして地震の前兆か!?

なんでもプレートが歪み、活断層にエネルギーが溜まってる時、電磁波が発生して
弱いオーロラみたく空が輝くことがあるという。

スマトラもサモアも地震が発生したし、いよいよ危ないかも知れんね。
東は富士山に連なる伊豆プレート、西は南海プレート。
くわばらくわばら・・・
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