マンガに未来はあるの?!

マンガを愛読して40年以上。20代にマンガ家アシスタントを3年、それ以降は編集にからむ仕事を。マンガにまつわる独り言を。

大手出版社のコミック誌を、最近、読んで驚いた。

2016-10-14 20:25:15 | 日記
10代、20代前半の頃は、コミック雑誌を定期購読し、よく読んでいた。20代の後半から、コミック雑誌を真剣に読まなくなり40年近く過ぎました。
マンガ雑誌は、書店でチラチラページをめくる程度。
マンガを読むのは、ほとんど単行本のみ。書店で、単行本をペラペラめくり、面白そうだと買う、そんな読者です。
そんな私が、過日、古本屋で大手出版社発行の隔週刊コミック誌を購入した。ある作家の、鉛筆で描いたような作風にひかれ、その作家の作品をじっくり見たいと、その隔週刊を購入したのだ。
そこで雑誌全体を読んだというか、つくづく見たのだが……改めて驚いたことがある。
40年前と作品の質もペンタッチもほとんど進化していないということだ。その2016年10月20日号を40年前に持っていって、その当時の人に読ませても、違和感なく受け入れられるのではないか、ということだ。その雑誌が40年後の未来に発行されているコミック誌とは気づかれないし、この作品はすごい、と驚かれる内容のものもない、のではないかと思うのだ。
今のアメリカの映画を、40年前の昔に持っていったら、どんなに驚くか。
マンガを作画するのは個人であり、作品の質は個人の技量、能力に左右されるのだが、それにしても進歩がなさすぎる。40年前と原稿料がほとんどアップしていないということもあるんだろうが、作品にかける時間が限られ、なんかマンネリ化したまま、40年間が過ぎているって感じなのだ。
そのコミック雑誌、当時は暴力ものが主流の中にあって、正統派のまじめなコミック誌として部数を伸ばしてきていたのだが、いまは、どうなんだろう。読者は50代・60代の高齢者向けのマンガ雑誌になっているような気がする。普通の日常的な生活の中で、ちょっとした事件が起こり、それを解決して行くといった、ドラマのマンガって、水戸黄門のテレビドラマを見ているような安心感はあるのかもしれないけど、マンガで描くことの意味はあるんだろうか。マンガは、なんでもありの世界で、読者はそれを普通に受け入れる、といった特性がある。マンガの世界って不思議なのだ。その武器を捨て、リアルに日常のなかのちょっとした事件というか、ドラマを描く良さってあるのだろうか。
時間に追われるなか、作家は、アシスタントを使わざるを得ず、背景にはまったく感情がなく、記号のようなものになっている。作家本人が描く人物は、1、2年もするとペンタッチが固定し、魅力がなくなる。そんななかで、描き続けられるのはストーリーの面白さがあるからなのだが……。
やっぱり、マンガは倦怠期でなのかな。
「進撃の巨人」のようなもっと自由奔放なマンガを読みたい。印刷技術は、すごく進歩しているんだから、もうペンで描くのではなく、鉛筆で描いたものとか、ボールペンで描いたものとか、そんな作品をどんどん出版社は掲載してほしい。かってのつげ義春さんとか、鈴木翁二さんとか、そんな私小説風の変わった新作家の作品も出版社は積極的に掲載してほしい。「そんな作品載っけても、売れないから」といわれそうだが、現状、売れてないんだから冒険してください、よろしくお願いします。
なんか、変な文章になって、ごめん。
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