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第112回「歴史を訪ねる旅-鎌倉」―北鎌倉の古刹を訪ねて

2016-10-08 11:59:51 | 日記

円覚寺

北条氏が領した山内荘(北鎌倉近辺)に立ち並ぶ700年以上の歴史を持つ禅寺を訪れます。禅の心にふれるコースです。優美な宋風建築の円覚寺、かつて尼寺であった東慶寺、我国最初の禅宗専門道場の建長寺を訪れます。
東慶寺は単に縁切り寺と言うだけでなく、いくつもの重要文化財があります。
今回は北鎌倉を代表する古刹をきちんと見ようというのが趣旨です。

実施日: 11月26日(土)
集 合: JR北鎌倉駅 9:30 改札口
解 散: JR北鎌倉駅 午後3時半頃
ガイド: 鎌倉ガイド協会 平田さん、田嶋さん
コース: 北鎌倉駅 ⇒ 長寿寺⇒ 建長寺(山門・法堂・唐門等) ⇒ 円応寺 ⇒ 昼食(鈴屋) ⇒ 円覚寺(山門・仏殿/舎利殿・仏日庵・洪鐘等)
⇒東慶寺 ⇒ 北鎌倉 (3時半頃)
参加費:正・家族会員 5,000円 準会員・一般 5,500円
(※.ガイド料、資料代、拝観料、入館料、昼食代を含みます)

昼 食: 創作和食 「鈴 や」
北鎌倉駅徒歩1分!開店間もないですが既に地元では知る人ぞ知る有名店!
おいしいお魚と鎌倉野菜がいただけるおしゃれなお店
      TEL. 0467-22-4445
       http://kamakuralife.net/gourmet/suzuya.html

  メニュ (メインメニュー + ご飯・小鉢・刺身・吸い物。)
  メインメニュー 1、魚揚げ物か焼物  2、魚煮物
            ※.上記から選んで下さい。
    
  
<キャンセル料の件>
 お料理を注文します。直前のキャンセルにはキャンセル料(1,700円)がかかります。
 キャンセルは11月22日までにご連絡下さい。

お申し込みの方
 1.「新現役ネット」の正会員は会員番号をお知らせ下さい。
  (ご連絡の無い方の参加費は準会員/一般価格になります)
 2.緊急連絡用に携帯番号をお知らせ下さい。
 3.昼食の希望メニュー(揚げ物・焼き物/煮物)のご記入をお願い致します
  (お魚は当日の仕入れにより異なります。お任せ下さい。)

皆様のお申し込みをお待ちしています・


<訪問先1口メモ>

【長寿寺】

長寿寺は足利尊氏の菩提を弔うために、初代鎌倉公方の足利基氏が関東諸山第一と呼ばれるほどの七堂伽藍を建立し、古先印元禅師が開山となって足利尊氏の関東での法名「長寿院殿」を寺号とした禅寺です。(尊氏自身の創建という説もあります。)
北鎌倉から亀ケ谷切通しへ向かう角にあり、以前は非公開でしたが、最近は檀家もとるようになったこともあり、季節限定、週末限定ではありますが公開されています。
足利尊氏の墓があり、庭園は春には牡丹やシャガなどの花が咲き、秋の紅葉も大変見事なことで有名です。

【建長寺】

建長寺は鎌倉幕府5代執権北条時頼によって創建された禅宗寺院で、建長5年(1253年)に落慶供養が営まれている。開山(初代住職)は宋からの渡来僧・蘭渓道隆(大覚禅師)であった。当時の日本は、承久の乱(1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定し、京都の中央政府の支配力は相対的に弱まり、鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代であった。北条時頼は熱心な仏教信者であり禅宗に深く帰依していた。
創建当時の建物は失われたとはいえ、総門・三門・仏殿・法堂(はっとう)・方丈が一直線に並ぶ伽藍配置は、創建当時の面影を残すものとされる。

<三門>

安永4年(1775年)の建立で、2005年に重要文化財に指定されている。
銅板葺きの二重門(2階建て)で、関東大震災で倒壊し、再建される。初層には仁王像などを置かず、門扉も壁もない吹き放しとしている。上層には宝冠釈迦如来像や銅造の五百羅漢像などを安置する(上層は非公開)。

<法堂>

重要文化財で、禅宗以外の寺院の「講堂」に相当する建物。方三間、裳階付、銅板葺き。文化11年(1814年)の建立である。内部には千手観音坐像を安置する。鎌倉最大級の木造建築で2005年に重要文化財に指定された。天井画は小泉淳作筆の雲龍図。

<唐門>

重要文化財で方丈入口の門。仏殿と同じく、芝の徳川秀忠夫人崇源院霊屋から移築したもの。関東大震災以来の大修理が2011年5月に終了し、移築当時の姿が再現された

【円応寺】

円応寺は臨済宗建長寺派の寺。創建は建長二年(1250)。開山は智覚禅師。
十王堂とも呼ばれ、人が死後亡者となって冥界で出合う十王を祀る寺。初め見越嶽(大仏の東の山)にあったが、足利尊氏が由比ガ浜古戦場の亡魂を弔う為、由比ガ浜へ移築した。その後、元禄16年(1703)に起きた大地震と津波の被害に合い、この地に移った。
本尊は閻魔大王坐像(国重要文化財)は、仏師・運慶と言われる。

【昼食(鈴屋)】

北鎌倉駅徒歩1分!開店間もないですが既に地元では知る人ぞ知る有名店!
おいしいお魚と鎌倉野菜がいただけるおしゃれなお店。


【円覚寺】

鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました
円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経(えんがくきょう)」が出土したことからといわれます。
今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。

<山門(山門)>

三門は三解脱さんげだつ(空くう・無相むそう・無願(むがん)を象徴するといわれ、諸々の煩悩を取り払って涅槃・解脱の世界である仏殿に至る門とされています。

<仏殿>

円覚寺のご本尊が祀られている建物です。大正12年(1923)の関東大震災で倒壊しましたが、昭和39年(1964)に再建されました。禅宗様式の七堂伽藍の中心に位置する建物です。開山毎歳忌(かいさんまいさいき)、達磨忌(だるまき)、臨済忌(りんざいき)、祝聖(しゅくしん)などの行事や毎朝の暁天坐禅(ぎょうてんざぜん)が、ここで行われています。

<舎利殿>

源実朝公が宋の能仁寺から請来した「佛牙舎利(ぶつげしゃり)」というお釈迦様の歯が祀られています。鎌倉時代に中国から伝えられた様式を代表する、最も美しい建物として国宝に指定されています

<仏日庵>

佛日庵はその開基 北条時宗公を祀る寺院で、時宗公はこの場所に小さな庵をむすび禅の修業を行いました。
境内にある廟所には、時宗公が禅の修業をしていたときに信仰していた十一面観音坐像(鎌倉観音霊場第三十三番)と北条時宗公、貞時公、高時公の各木像が安置してあります。
境内には、北条時宗公、貞時公、高時公の棺が安置してある開基廟(かいきびょう)、川端康成の小説『千羽鶴』の舞台になったことでも知られる茶室・烟足軒(えんそくけん)、また、円覚寺山門建立の時(天明年間 1781~88年)に使われた長さ48尺の物差しが現存しています。

<洪鐘>

関東で最も大きい洪鐘(高さ259.5cm)で、国宝に指定されています。円覚寺の開基である北条時宗の子である貞時が正安3年(1301)、国家安泰を祈願して寄進したものです。

【東慶寺】

東慶寺は今から約720年前、弘安8年(1285)に北条時宗夫人の覚山志道尼が開創いたしました。
封建時代、女性の側から離婚できなかった時代に、当寺に駆け込めば離縁できる女人救済の寺として明治に至るまで600年の永きにわたり、縁切りの寺法を引き継いできました。 明治4年(1871)には縁切りの寺法は廃止となり、尼寺の歴史も明治35年(1902)に幕を閉じました。 明治38年(1905)に釈宗演禅師が入寺、中興開山となり、新たに禅寺としての歩みを始めました。 師の高徳ゆえ、門下には居士、哲学者、政財界人多く、鈴木大拙もその一人でありました。 のちに裏山に「松ヶ岡文庫」を設立、世界的禅文化の発展の拠点ともなりました。
現在では、かつての尼寺の風情を残す境地に、四季折々の花々が参拝客をお迎えしています。 皆様がこのお寺に来て、心の安らぎを感じられるよう願っております。
木造聖観音立像 初音蒔絵火取母 葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱 東慶寺文書の重要文化財があります。
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