世界一楽しい創価アンチブログ

創価問題を、アンチのある側面から見て書いています。
こういう視点もあるんだなあと見て頂ければと思います。

不幸は蜜の味

2016年10月14日 | 日記
学会員は幸せになるために創価に居るという。
自分だけじゃなく、人の幸せも願い、喜べるようになるのが目的だとおっしゃる。
へえ、それはすばらしいね。
だけど実際はそれでは満足できない。
どうして?

もう一つ、創価を裏切って(気づいたんだけど)辞めた人、反目したアンチだけは自分より不幸になることを望むようになってしまった。
人の幸せを願うはずが、それらの人が不幸でいてくれないと都合がわるいからだ。
アンチが幸せだと、習った通り、信じてる法則通りじゃなくなるからだ。
創価を非難したくせに穏やかで順調に暮らしているアンチを見て、彼らは言い聞かせるように言う。

「今だけだよ」「そのうち福運が切れるから」「これは本当の幸せじゃないから」「死ぬ瞬間までわからないから…」「それに気づかないなんて可哀想に」

どっちが可哀想な人なんだって( ̄  ̄;)

これは、宗門へ行った元創価も同じである。
大御本尊に祈っている自分は幸せだけれども、そうでない創価は何をやってもうまくいかない。それに無神経な人が多いし…
そんな話を見聞きしては、ああやっぱりと思う。
嬉しくなって口元が緩む。
やったね!さあ教えてあげなくちゃ。
あれもこれも、ニセ本尊というとんでもない害毒のせいなんだよ。
正しい教えを知らない裁きなんだよ。
そりゃ法則の乗っ取って苦しむさ。うまくいく方がおかしいいよ。

「ね、やっぱりそうでしょう!」
双方、自分の正しさを証明するためには、アンチの不幸が必要なんだ。
人をどうやっても不幸にしないと自分たちの幸福は語れない君たちって、どっちともサイテーじゃないかな。



南無ぅ( ̄人 ̄)ちーん 
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8 コメント

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Unknown (海)
2016-10-15 06:58:46
アンチは学会員を、あくどい宗教ビジネスにひかかった人たちと思っています。
詐欺なんていろいろありますが、その中の一つと思っています。
世の中の大半の人がそう思っているでしょう。

それだけのことで、だからといって自分たちに選民意識などありません。
むしろ、つい先日まで自分もそんな詐欺にひかかっていたまぬけな人間だと思います。
ただ騙された経験上、たったその詐欺に関してのみですが、手口を知っているというだけです。

成仏なんて指南できる宗教家でもないし、人を裁く法理なんて知りません。

「自分たち以外はこの正しい教えを知らない。それどころか、我々に反発して信じようともしない人たちは、教えの法理にのっとって不幸になって当然」
そうやって人の思想をすべて否定して脅す…これは黙認できない実態ですね。
Unknown (まりりん)
2016-10-15 17:08:58
皆さんは、自分の信じる教えが、ある人が不幸になることだったらどうしますか?
外れたら、自分の信じることが間違ってることになります。
そうなると、その人の不幸を願ってしまいます。
それが創価学会員だと思います。
違いますか?
Unknown (匿名)
2016-10-15 18:26:45
私は創価の本尊もお寺の本尊も、両方をふつうゴミに捨てた経験があります。
でも罰など当たりません。
皆さんも、他宗のお札やお守りを謗法払いと称して捨てたことがあるでしょう?
その時何か罰は当たりましたか?
Unknown (海)
2016-10-16 01:19:03
コメントありがとうございます。
この記事はなかなか納得するように書けず、アップしてからも何度も直しました。
若干内容が変わってごめんなさい。

匿名様。
私は二つの本尊の違いが、作りとかじゃなく、祈った感覚でさっぱりわかりませんでした。
全然ちがう!と言う人がいますが、どう違うの?
何の先入観もなく比べる意識もなく祈ってましたが、本当にさっぱりわからなかった。
さわやかさが違うとか、祈りの叶い方が違うとか??
もう、どうでもいいことですけどね。
未活動です (三日月)
2016-10-16 23:49:33
凄くお世話になっていた婦人部が突然退会しました。
とてもバリ活であれやこれやと誘われ、信心がよくわからないというと、あなたは苦労していないからといつも諭されていました。今にわかるからと。
なのにあっさり退会して、何も起こらないしさっさと辞めたらと(笑)

でも、何だか人相が…と思うのは確かです。ご近所の方なのですが、挨拶はしなくなり、ゴミをベランダから投げ捨てたりするようになりました。
近所では変わった人扱いです…

深く信仰している訳でもないですが、これはもしや…と思ってしまうのです!

未活動だと、何か変わった事はない?と聞かれたり。もしや不幸探し…?なんて思ってみたり(笑)
宗教とはなんぞやと、思っていたらこのブログにあたりました。
Unknown (海)
2016-10-17 07:09:33
三日月様、コメントありがとうございます。
気楽なブログなので好きなことを書いてください。

「宗教とは何ぞや」みたいなことは、残念ながら私には書けないテーマです。
創価にいた頃は
「科学的に不可能と思えることが、目にはみえないが深い法則によりで願いが叶うのが正しい宗教」
なんて擦り込り込まれており、ならばと興味があったみたいですが、そんなものも記憶の彼方になってしまいました(笑)

今はそんなことより、宗教とは別に「宗教ビジネス」という全く別のものがあり、それにひっかからないためには何をどう書けばいいかのみ考えています。
価値なんて自由です (匿名)
2016-10-17 11:06:59
自分にとっては「宗教の曼荼羅」も「宗教ビジネスといわれる曼荼羅」も同じでした。
要は信じる人には大切なのものでも、そうでない人にはただの紙ということです。
その価値は、最初から絶対として存在するのではなく、各人が自由に定めればいいものと思います。
Unknown (海)
2016-10-17 17:02:57
信じるものなんて、人によって価値は違う。
その通りと思います(^○^)/

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