世界一楽しい創価アンチブログ

創価問題を、アンチのある側面から見て書いています。
こういう視点もあるんだなあと見て頂ければと思います。

トップでも末端でも

2016年10月30日 | 日記
創価は隠ぺい体質という。
末端は真正直なのに、トップは嘘つきで都合のわるいことは表に出さないという。
いやいや全然(笑)
そんなのトップも末端もないよ。
全員とは言わないが、末端だってちょっと役職がつくとすぐ隠ぺい体質になるよ。


私は数十年創価にいたが、末端の幹部からして実に多くのことを隠していた。
多くの都合の悪いことは、とことん秘密にしていた。
幹部は会合で「今月もこんなに新聞部数がとれました。引き続き、喜びいさんで新聞啓蒙をしましょう!」と言っていたが、実際は誰も喜び勇んで新聞啓蒙などしていなかった。
何も知らない部員がいなくなると一部の人間がヒソヒソ密談して、部数を回し合い販売数の帳尻を合わせていた。
順番がきた幹部はしぶしぶ引き受けていた。

そうやって一人で5部も購読している者までいたが、私の前ではそういうことはおくびにも出さなかった。
別に隠してたわけじゃない。わざわざ言わなかっただけだと言うかもしれないが、一部の人間で止まっている。
こんなことは全国で平然と行われていた。
おかげで私のようなペイは、聖教新聞の購読実態というものをずっとずっと知らなかった。

新聞啓蒙とは勇気を出して外部に声をかけ、学会理解を深めてもらうものと聞いていたが、そんなことは殆ど誰もしていなかった。
ただ末席の幹部が自腹を切り、部数を上げることによって、周囲に「さすが勇気と信心がある」「着実に学会理解が深まっている」と思わせていただけだった。
聖教新聞を読んで、外部が学会のすばらしさを理解?
聖教新聞などごくごく一部の学会員以外、誰もまともには読んでなかったんだ。

そんなことは他にもいっぱいあった。
檀上で目をうるわせて「一人一人を、会合に出てこれない人も大切にしましょう」
と言っていた幹部が、幹部同士の協議会の席では同じ口で、そういう人を厄介者扱いしていた。
実際は「統監名簿」というものがあって、それに即した数字を上げては報告するというのが役職者の任務だった。

広宣部という、秘密にせねばならない特殊部隊があった。
犯罪行為をしながらも、それは巧みに伏せられていた。

「創価なんて信じられない。だから脱会します」と言って退会した私のことは「ちょっと悩んで出てこれなくなってしまった」とねつ造されていた。
あんなにはっきりと真相を知っていながら、誠心誠意で話を聞いてるふうに承諾しながら、裏へまわるとケロッで嘘をついていた。

支部長が、支部内の女子部に手を出したことを知った。
酒を飲ませて無理やり。
それを金で口を封じていた。
女子部当人からの告発で、事実を知ったまわりの幹部の慌てたこと。
普段、誠実を売りにしてるような彼らが必死になったことは、たった一点。
「どうしたら、これを最小限の知る限りで隠し通せるか」

彼らは正直そうな顔をして、本当のことなど言ってない。
「人間革命」のように、懸命に美しい理想を言っている。
それがうまくいかないと言わないし、隠すし、嘘をつく。
ほんのちょっとでも権力を持つと、秘密を持ちたがる。
「自分たちだけが知っている」
権力とはそういうものとばかりに、これにたまらない優越感を感じるようだ。
そして自分の権力下の不祥事は隠したがるんだ。
気付いてないだけで、トップも末端もちょっと権力を与えられたら何も変わらないよ。


トップを隠ぺい体質って言うけど、じゃあ末端の幹部は部員さんに隠してたことはないのか?
何から何まで言ってたのか?
末端の中でも上下があり、下から見ればその人たちだってやはり怪しかった。
おかしいと思っても雰囲気に呑まれ、使命感の方が先に立ち、自らがおかしいことを率先していた。
もともとが正直で常識も判断も持った人たちが、ニコニコと優しい眼をしたまま簡単に操られてた。
ゴーストライターも、部数を上げるための自腹の新聞も変わらないよ。
新聞は読みたい人が読んでるんじゃなくて、読みもしないのに複数とって「全国三位よ」と言ってるのが、ゴーストライターとどう違うのか私にはわからない。
「会員に動揺を与えてはいけない」なんてもっともなことを言いながら、知らないうちに平気で嘘をつく人間になっていく。
悪気はないのかもしれないが、「実際はこんなものだ。方便も大事なんだ」と感覚が麻痺していく。

権力というのはそんなに甘く、溺れるものなのか?
当たり前のことに何も感じなくなるなんて、つまらない価値観だと思うけどね。



(  ̄ノ∇ ̄) ̄ー ̄)ヒソヒソ
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2 コメント

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Unknown (月野うさぎ)
2016-10-31 17:02:25
海さま、こんにちは。
ヒソヒソ話が好きな役職者いましたよ。
自分はあなた達より偉くて何でも知っているのよって感じですかね(笑)
新聞啓蒙、友人にした時「池田さんの事ばかり書いてある凄い新聞だね。」って言われて、「あら?そう言えば外部にとっては何の事か解らないよね。」と
ほんの少ぉし覚醒に向かい始めたきっかけだったかもと思います。
この友人の御主人様は「これは洗脳新聞だ」と言っていたらしいです。
MCのせいなのか何なのかこれは希望の新聞とか思ってた自分が何とも恥ずかしいです。(/ω\)
新聞啓蒙の目標達成なんて数合わせですよ。あんなもん純粋に達成なんて出来ません。少ない活動家で地区の150%とか何の意味があるパーセンテージなんだよ!!って思いますよね。<(`^´)>
Unknown (海)
2016-10-31 20:38:10
このスレッドは正直、一番書きたかったことを書きました。
「同苦」だの「慈悲」だのを軽々しく口にして、個人情報を聞き出しては、菩薩を気取っている連中が私は大嫌いです。

聖教新聞は地区の1.5倍入れないといけないそうです。
読みたい人が読めばいいんじゃない。
座談会も書籍もチケットも、行きたい人、読みたいが買えばいいなじゃなかった。
この時点で目的が何かがわかるでしょう。

創価学会に関わっている全ての人に言いたい。
「ふざけんなよ!」
一言いうならこれに尽きますね。

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