世界一楽しい創価アンチブログ

創価問題を、アンチのある側面から見て書いています。
こういう視点もあるんだなあと見て頂ければと思います。

信教の自由?

2017年02月12日 | 日記
思想は自由だとは思う。
だが、創価にそれを言ったら何をしでかすか?
例えば創価が使った思想には、下記のようなものがある。

この世で南無妙法蓮華経を唱えられるのは、われわれ人界の衆生だけです。
畜生は一生頑張っても、お題目を唱えることはできません。犬はワンワンだし、猫はニャーです。
大宇宙は、南無妙法蓮華経を唱えさせるために、人界の衆生を生み出したのです。
人類の知能が高いのも、仏法を信解できるようにするためです。
この使命を果たさないのであれば、自在に動く口も、高度な智能も必要ありません。
したがってその人は、来世は畜生に生まれてきます。
かろうじて人間に生まれたとしても、念仏など謗法の家に生まれ、堕地獄の因を積んでしまいます。
お題目を唱えることが、来世も引き続き人間として生まれ、成仏するための、最大の因なのです。


信じる者は救われる~。
はいはい、そう思うのも自由ですね。
本気でこんなこと思っている人に何も言えませんよ。
正しいも間違っているも優劣もつけたくないです。
信じる人にとってはそれが絶対なんでしょうから。
だがこの団体には厄介な続きがあった。

このような教えは、我が子が小さいうちから叩きこみなさい。
さもないと宿業から逃れられませんよ。


信教は自由。
それをそれをいいことに私自身、子ども時代に上記の一字一句を、この通りやかましく教育された。
反論なんか許されない。
40年前の幻聴だったと言い聞かせていたら、なんとまあ、たった今も全く同じ言葉がネットに上がっている!(汗)

思想には寛容になりたいが、子どものうちから洗脳しなさいという団体にどう寛容になれようか。
信教の自由なんてものは、自由と裏腹の責任が伴う大人のものなんじゃないの?



( ̄ー ̄; ヒヤリ
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2 コメント

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Unknown (snow)
2017-02-13 11:19:39
「信仰は自由なのに、なぜ意思表示ができない子供を勝手に入会させるのか?」との問いに、活動家の知人は「良いものだから。自分も親に感謝してるし、子供もそう思うと分かってる(確信がある)から。」でした。
創価学会に触れさせ、学会の教育をしながら育てるのはいいと思います。ただ、最終ジャッジは自分の意思で決めるべきだと思うのです。親と子供の人格は別だし、親が良いと思っても子がイコールとは限らない。それに、絶対的に良いものだと確信があるなら強制的に入れなくとも自分から入会を選ぶのでは?とも思います。
そんな問いにも「良いものは早いうちからがいいから」って事でした。
じゃせめて、本人が自分の意思でやめたいと申し出た時は尊重してあげるべきだと思うのですが、話は平行線のままでした。
大人が入会するには新聞購読や座談会参加・題目など条件があるのに、2世3世や家族なら無条件にOKですよね。
何のための条件なんでしょうか?
本当に「ナンデ?」が多い団体です(~_~;)
Unknown (海)
2017-02-13 12:33:03
>大人が入会するには新聞購読や座談会参加・題目など条件があるのに、2世3世や家族なら無条件にOKですよね。
>何のための条件なんでしょうか?

snow様ごもっともです。
子どもの人権など無視してるんですよ。
簡単にロボットにできる存在。

学会の思想を散々教育しておいて「最終ジャッジは本人に任せる」
これは難しいかな?
それなりの教育をされた子どもは、一般に罰に脅えます。
ジャッジなどできないくらいまで、とことん洗脳しますからね。

また、子どもが成人したり、世帯をもったりそれなりの大人になったら親も口は出せないけど、未成年相手の創価脳の親の独善ぶりといったらそりゃもう手がつけられないものがあります。

学会員が、世間には見せないその独善ぶりを最も見せるのは同志の前、なかんずく、家族の前なんですよ。
組織の中ではおとなしくて控えめな人が、うちへ帰って子どもを前にすると、幹部さながら威張り散らしているのはよくあるケースです。

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