世界一楽しい創価アンチブログ

創価問題を、アンチのある側面から見て書いています。
こういう視点もあるんだなあと見て頂ければと思います。

後悔していること

2017年01月03日 | 日記
子宮頸がん予防ワクチンの話を聞いた時、特別な知識のなかった私は単純に「へえ、いい話だな」と思った。
ならば承認されればいいなと思った。
だけどもしそれが他党の提案だったとしたら、わざわざ知り合いに署名まで頼んで、それを承認させるための運動までしたのか?
そう訊かれたらノーと答える。
たとえば街角で署名を頼まれて協力するなどならしても、自ら人に声をかけて署名を集めて回るなんて絶対しなかった。
ワクチンに対して、そこまで積極的な知識や信念など持っていなかったからだ。

ただ自分が学会員というだけでぼんやりと公明党を支持しており、よく知っている親しい仲間から「集めてほしい」と頼まれたから協力した。
たったそれだけのことだ。
ワクチン承認に、「そこまで強い関心と信念をもってないのに」あたかもそんな顔をして協力した。
それをものすごく後悔している。

人の人生は、こちらが積極的に関与することでどんな影響を及ぼすかかわからない。
そんな簡単なことも知らないでいた。
このことは後悔してもしきれない。



( ( (__|||) ) ) 。。。
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2 コメント

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Unknown (joshua tree)
2017-01-04 04:48:11
この問題は、対話のブログでも話題になりましたね。
副作用で苦しむ女性たちが多くなり社会問題化しても、世間では、実際に印象に残っているのは、原因を作った 松あきらの顔ではなく、署名集めをしていた我々の顔だと海さんはおっしゃった。
確かにその通りだと思います。
つまり、創価の活動ー折伏や新聞啓蒙や結集や公明支援や部員さんの掘り起こしや会館の任務に至るまで、たとえそれが善意から始まったものであれ、社会にどれほどの影響を及ぼすのかを理解した上で、また、悪影響が出た場合に自分が責任が取れるのかまで考慮して、活動していかねばならないのです。
バリ活やユル活の方々、責任取れるの?
「御書」にあるとか、「人間革命」に書いてあるとか、そんなものが絶対的に正しいのかなんて、誰も証明できないのだから。
Unknown (海)
2017-01-04 07:58:25
そうです。
この問題を提示した議員や承認した大臣の名前は忘れても、創価に署名を頼まれたこと、自分も名前を書いたことを、協力してくれた友人は忘れないでしょう。
友人の中にも私と同じように嫌な思いをした人がいるかもしれない。
一方で、私なんかよりずっと慈悲深いはずの幹部たちが、ケロッと「そんなのまだはっきりしていないんじゃない?」と気にもしてない様子を見て、本当にわからなくなった。
よくまあこれで、引き続き支援活動ができて、正義だの福祉だの平和だのこっぱずかしくもなく口にできるなあ。
ホント、心なくボタンを押せば言葉をしゃべるロボットですね。

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