安曇野、穂高温泉郷ペンションにて朝食。
あたためたロールパン、スクランブルエッグ、ソーゼージ、型入れしたミニピラフ、
トマト、レタスにポテト、オレンジジュース、ヘーゼルナッツコーヒー。
昨夜のように
コーヒーを持ってバルコニーへ。
昨晩よりも、寒い。
寒いというより、冷たさが頭の髄にし−んと痺れて伝ってくる。
夜半に雨が少し降ったのか
それとも雪だったのか、
落ち葉が湿っている。
空は頭上に一箇所
ぽっかりと青が覗く以外、
漠然とした秋の白い雲が覆っている。
背には数千メートル級の山がそびえているのだから、
山の息吹は
平地になだれ込むように、
その夜から朝への気流を静かに押し流している。
小さな野鳥が
落ち葉の上を跳ねるように
時折姿を見せる。
気さくで、声の立派な(合唱団員だったらきっと有望だ)オーナーと
しばしおしゃべりの後、
チェックアウト。
穂高の駅へまっすぐ向かう。
目的地は、碌山美術館。
まだ10時前だったが、開館していた。
荻原碌山(荻原守衛)は、
大学生から就職期の頃、
大学の芸術資料館なる付属美術館のようなところで
学芸員的なアルバイトを恒常的にしていたため、
名前と作品のいくつかは把握していた。
ここ安曇野には
私立のかわいらしい、あるいは専門的な美術館が
たくさんあるが、
この碌山美術館はまず絶対に外せない、と思い
結構愉しみにしてきたのだが、
それを寸分と裏切らない
素晴らしい美術館だった。
美術館が素晴らしい、というより
碌山という彫刻家自身と、
その周囲が素晴らしい、ということの
形となったものがこの美術館なのだと思う。
"art is love,struggle is beauty"
碌山館という
メインの展示室正面に刻まれた
碌山の言葉だ。
この展示室、
内村鑑三時代にクリスチャンとなった碌山にふさわしく、
1958年(Shinの生まれた年だ)に
日本の建築技術を文化として昇華させたとも言えそうな、
素晴らしい建物だ。
庭の造詣、あるいはこの地、安曇野の背景も相まって、
さながらヨーロッパの田舎の秋口に
小さな教会を訪ねたような趣がある。
展示品は、今更こんなところで
あれこれ書くのも厭うほど
素晴らしいものだった。
芸術にのめりこんだ者は
芸術の下僕となり、死ぬ。
そして、それは他者に理解されることなど
求めているようで
求めてはいない。
やるだけのことをして
いつか、只死ぬ。只、それだけ。
交友関係にあった
高村光太郎らの彫刻も展示されるほか、
碌山のパリ時代の師であった
ロダンの真髄にも、触れられる。
また、光太郎はじめ安井曽太郎らから送られた
パリからの葉書、
あるいは、30歳で亡くなった碌山の
訃報を聞いた光太郎が書いた
バーナード・リーチ宛の葉書なども、
胸に染みる。
教会の姿の展示館には
秋の斜光がその窓から差込み、
色づいた木々の葉の梢を通して
碌山の遺したハートたちを
そうっと包んでいた。
じっくり見たのでそれなりに時間がかかり、
昼近くに美術館を後にした。
次回はあの展示館の尖塔にある鐘の音を聴いてみたい。
流れの速い、澄んだ水の川を何度か渡り、
長峰山(933メートル)の展望台へ。
着くなり、看板が目に留まった。
…トンビが急降下して食べ物をとっていきます、
気をつけるように、そして、トンビに餌を与えないように…
というような内容。
幸いトンビはいなかったが、
トンビがいてもおかしくない場所だということを
示さんばかりに、
パラグライダーが飛び立つ現場に
初めて居合わせた。笑
28日の仕事のピアニストの件が、落着。
ちょっと、気持ちが落ち着く。
パラグライダーで
数人が飛び立つのを眺め、
雑木林の落ち葉…殆どが唐松の落ち葉で
いい匂いがする…を踏みながら、
少し散策したり、
展望台に上って、向かい側の雄雄しい雪山の名前を
Shinと確認しあったりして、
再び下山。
明科の駅前で蕎麦を食す。
いつものように、ざると、暖かいかけを
二人で味見しながら半分こ。
かけは、わたしとShinには少しみりんが強くて甘かった。
向かいのスーパーで
お土産買出し。
この辺りは加工魚の種類が豊富。
ぶり大根用の千葉産ぶりが安かったので、
ここの大根も買って、
夕餉のメニューは決定した。
定番の野沢菜漬けと、信州お得意のジンギスカンも
忘れずに。。。
14時半、少々早いが
帰ってから練習したかったのと
渋滞が心配で、出発。
が〜。。。
途中30キロの渋滞に遭遇し、
結局、県道を使って帰宅した。
高速道路は日祝1000円になってから
使い物にならなくなったと考えてよいようだ。。。
家の近所に来てから、
28日の仕事の楽譜のコピーをコンビニで済ませ、
帰宅。
20時。
30分で、
荷物の片付けと、
ぶり大根の仕込を済ませ、
21時まで、大急ぎで30分少し
ヴァイオリン。基礎練と28日のプロ。
こういう職業って、
外出しても、おちおち心行くまで遊べないのが
辛い。
自分はまだしも、同行者にも
それを何気に負わせることになる。。。ふぅ。
(もっとも、オケにいた頃は秋に休みなんぞ、考えられなかったことだが。)
一日さらわなければ楽器がわかる、とは
誰だったか、巨匠が言っていたが、
これには続きがあって、
2日さらわなければ自分がわかる、
3日さらわなければお客さんがわかる、…
となる。
確かに、そうだと思う。。。
いたたたた。。。
夕食。ぶり大根、野沢菜、日本酒(「北アルプス」ラベルの版画が凄くかわいい)
信頼しているピアニストから紹介されて、
新たに組んでみることになったピアニストに電話。
23歳の作曲科専攻出身の女性。
おぉぉぉ若い。。。
いきなりちょっとため口だったりするのも、それらしい。笑
楽しみだ。
(お手柔らかにお願いします、と言われたが
それはこっちの台詞じゃないか。。。?
頭のよさそうな感じの子だった。)
これを書く。
その間にShinが先に入浴。
ヤマンバさんのブログに行ったら
先日の仕事の写真がアップされていた。
なんだか、ずいぶん前のことのような気がする。。。
さて、わたしも風呂に入ろう。
5時間車に乗り詰めで
その後も山道を地図と睨めっこだったから
あちこち凝ってしまった。
安曇野はいいところだった。
また、行きたいな。
いやしかし、今度は平日にしたいものだ。。。
26時就寝予定。
あたためたロールパン、スクランブルエッグ、ソーゼージ、型入れしたミニピラフ、
トマト、レタスにポテト、オレンジジュース、ヘーゼルナッツコーヒー。
昨夜のように
コーヒーを持ってバルコニーへ。
昨晩よりも、寒い。
寒いというより、冷たさが頭の髄にし−んと痺れて伝ってくる。
夜半に雨が少し降ったのか
それとも雪だったのか、
落ち葉が湿っている。
空は頭上に一箇所
ぽっかりと青が覗く以外、
漠然とした秋の白い雲が覆っている。
背には数千メートル級の山がそびえているのだから、
山の息吹は
平地になだれ込むように、
その夜から朝への気流を静かに押し流している。
小さな野鳥が
落ち葉の上を跳ねるように
時折姿を見せる。
気さくで、声の立派な(合唱団員だったらきっと有望だ)オーナーと
しばしおしゃべりの後、
チェックアウト。
穂高の駅へまっすぐ向かう。
目的地は、碌山美術館。
まだ10時前だったが、開館していた。
荻原碌山(荻原守衛)は、
大学生から就職期の頃、
大学の芸術資料館なる付属美術館のようなところで
学芸員的なアルバイトを恒常的にしていたため、
名前と作品のいくつかは把握していた。
ここ安曇野には
私立のかわいらしい、あるいは専門的な美術館が
たくさんあるが、
この碌山美術館はまず絶対に外せない、と思い
結構愉しみにしてきたのだが、
それを寸分と裏切らない
素晴らしい美術館だった。
美術館が素晴らしい、というより
碌山という彫刻家自身と、
その周囲が素晴らしい、ということの
形となったものがこの美術館なのだと思う。
"art is love,struggle is beauty"
碌山館という
メインの展示室正面に刻まれた
碌山の言葉だ。
この展示室、
内村鑑三時代にクリスチャンとなった碌山にふさわしく、
1958年(Shinの生まれた年だ)に
日本の建築技術を文化として昇華させたとも言えそうな、
素晴らしい建物だ。
庭の造詣、あるいはこの地、安曇野の背景も相まって、
さながらヨーロッパの田舎の秋口に
小さな教会を訪ねたような趣がある。
展示品は、今更こんなところで
あれこれ書くのも厭うほど
素晴らしいものだった。
芸術にのめりこんだ者は
芸術の下僕となり、死ぬ。
そして、それは他者に理解されることなど
求めているようで
求めてはいない。
やるだけのことをして
いつか、只死ぬ。只、それだけ。
交友関係にあった
高村光太郎らの彫刻も展示されるほか、
碌山のパリ時代の師であった
ロダンの真髄にも、触れられる。
また、光太郎はじめ安井曽太郎らから送られた
パリからの葉書、
あるいは、30歳で亡くなった碌山の
訃報を聞いた光太郎が書いた
バーナード・リーチ宛の葉書なども、
胸に染みる。
教会の姿の展示館には
秋の斜光がその窓から差込み、
色づいた木々の葉の梢を通して
碌山の遺したハートたちを
そうっと包んでいた。
じっくり見たのでそれなりに時間がかかり、
昼近くに美術館を後にした。
次回はあの展示館の尖塔にある鐘の音を聴いてみたい。
流れの速い、澄んだ水の川を何度か渡り、
長峰山(933メートル)の展望台へ。
着くなり、看板が目に留まった。
…トンビが急降下して食べ物をとっていきます、
気をつけるように、そして、トンビに餌を与えないように…
というような内容。
幸いトンビはいなかったが、
トンビがいてもおかしくない場所だということを
示さんばかりに、
パラグライダーが飛び立つ現場に
初めて居合わせた。笑
28日の仕事のピアニストの件が、落着。
ちょっと、気持ちが落ち着く。
パラグライダーで
数人が飛び立つのを眺め、
雑木林の落ち葉…殆どが唐松の落ち葉で
いい匂いがする…を踏みながら、
少し散策したり、
展望台に上って、向かい側の雄雄しい雪山の名前を
Shinと確認しあったりして、
再び下山。
明科の駅前で蕎麦を食す。
いつものように、ざると、暖かいかけを
二人で味見しながら半分こ。
かけは、わたしとShinには少しみりんが強くて甘かった。
向かいのスーパーで
お土産買出し。
この辺りは加工魚の種類が豊富。
ぶり大根用の千葉産ぶりが安かったので、
ここの大根も買って、
夕餉のメニューは決定した。
定番の野沢菜漬けと、信州お得意のジンギスカンも
忘れずに。。。
14時半、少々早いが
帰ってから練習したかったのと
渋滞が心配で、出発。
が〜。。。
途中30キロの渋滞に遭遇し、
結局、県道を使って帰宅した。
高速道路は日祝1000円になってから
使い物にならなくなったと考えてよいようだ。。。
家の近所に来てから、
28日の仕事の楽譜のコピーをコンビニで済ませ、
帰宅。
20時。
30分で、
荷物の片付けと、
ぶり大根の仕込を済ませ、
21時まで、大急ぎで30分少し
ヴァイオリン。基礎練と28日のプロ。
こういう職業って、
外出しても、おちおち心行くまで遊べないのが
辛い。
自分はまだしも、同行者にも
それを何気に負わせることになる。。。ふぅ。
(もっとも、オケにいた頃は秋に休みなんぞ、考えられなかったことだが。)
一日さらわなければ楽器がわかる、とは
誰だったか、巨匠が言っていたが、
これには続きがあって、
2日さらわなければ自分がわかる、
3日さらわなければお客さんがわかる、…
となる。
確かに、そうだと思う。。。
いたたたた。。。
夕食。ぶり大根、野沢菜、日本酒(「北アルプス」ラベルの版画が凄くかわいい)
信頼しているピアニストから紹介されて、
新たに組んでみることになったピアニストに電話。
23歳の作曲科専攻出身の女性。
おぉぉぉ若い。。。
いきなりちょっとため口だったりするのも、それらしい。笑
楽しみだ。
(お手柔らかにお願いします、と言われたが
それはこっちの台詞じゃないか。。。?
頭のよさそうな感じの子だった。)
これを書く。
その間にShinが先に入浴。
ヤマンバさんのブログに行ったら
先日の仕事の写真がアップされていた。
なんだか、ずいぶん前のことのような気がする。。。
さて、わたしも風呂に入ろう。
5時間車に乗り詰めで
その後も山道を地図と睨めっこだったから
あちこち凝ってしまった。
安曇野はいいところだった。
また、行きたいな。
いやしかし、今度は平日にしたいものだ。。。
26時就寝予定。









1日さらわないと自分に判る。
2日怠ると周りに判る。
3日怠るとお客様に判る。
もう1つの格言
”すぐれたオーケストラプレーヤーになる為の6箇条”なんてのがあるが、我々にはもう関係ないね。やっぱり渋滞でしたか!お疲れ様でした。
「アマチュアの心、プロの技術」とかさ。
まぁ、体を壊したら実も蓋もないから、
オケは辞めてよかった。
ものをじっくり考える暇もなかったからね、演奏マシーンにはなれない。
安曇野は凄くよかった。仕事取りに一緒に営業しない?