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第32回国際アルツハイマー病協会国際会議:認知症の人の居場所を

2017年04月21日 | ニュース(介護)
第32回国際アルツハイマー病協会国際会議:認知症の人の居場所を
2017年4月21日 (金)配信毎日新聞社


 認知症に関する世界最大の会議「第32回国際アルツハイマー病協会(ADI)国際会議」が26~29日、国立京都国際会館(京都市左京区)で開かれる。ADIと「認知症の人と家族の会」が主催する。日本での開催は2004年の京都会議以来、2回目。この時は認知症の人が実名で意見を発信し、「当事者主義」が浸透するきっかけになった。今回も本人が積極的に参加するほか、13年前に発表した元豪州政府高官の女性も再来日する。会議に関わる当事者の思いを紹介する。【野口由紀、宮川佐知子】
 ◇理解広げるため人前に 日本組織委・杉野さん
 3月中旬の午後。京都市伏見区の喫茶店に、地元の卓球クラブの練習を終えたメンバー10人ほどが集まった。卓球の技術から退職前の仕事、子ども時代の思い出話……。笑いながら興じる世間話の端々に、物忘れの話題が出てくる。クラブは、認知症を患った杉野文篤さん(64)=同区=が、「認知症の人の居場所を」とつくった。初期の人を中心に、悩みを打ち明け、情報を交換する。杉野さんは現在、ADI国際会議の組織委員も務め、会場視察など運営に関わる。依頼があれば当事者として講演に出向き、行きつけの店などにも認知症だと伝えている。「僕はこんな認知症で、こんなふうに生きているということをどうぞ見てほしい」
 アルツハイマー型の若年性認知症と診断されたのは、2013年4月のことだ。59歳。大学で事務長を務めていた。「治す薬はない」と説明された。軽度のため介護サービスを受けることはできない。そもそも、高齢者の多いサービス事業所を利用する気にはなれなかった。妻由美子さん(61)と2人きりで、閉じこもりがちな毎日を送った。「診断というより宣告だった。どう暮らせばいいのか分からなかった」
 仕事はいつまで続けるのか。手慣れたパソコンの操作が分からなくなり、漢字も書きづらくなっていく。同僚が支えてくれたが、大学の厳しい経営状況を最も理解している立場であり、「このままでいいのか」と考えると眠れなくなった。
 診断から1年後、慰留を振り切り定年前に退職した。退職後の夢だった海外旅行もパスポートの書類を書けずあきらめた。いらだちが募り、何も手につかない。「早期診断、早期絶望」だった。
 転機は、京都府立洛南病院(宇治市)で診察を受けたことだ。病院が若年性認知症の人のためのテニス教室を催しており、夫婦で参加し始めた。前向きに生きる当事者や家族と言葉を交わして汗を流すと、初めて自分を解放できた気がした。
 より身近に当事者の居場所をと考えてつくったのが、卓球クラブだ。近くの高齢者施設と交渉したりして、由美子さんと二人三脚で昨年6月に発足にこぎつけた。
 卓球クラブの活動とADI国際会議の準備とで、「2日連続で休める日がない」と張り合いのある日々を過ごす。一方で、自身の症状は確実に進んでいると感じる。最近は着替えにも時間がかかる。それでも人前に出る。1人の認知症の人への理解がやがては街全体に広がり、認知症になっても安心して暮らせる社会が作れるのではないか。「そうすれば、僕たちが最初に苦労した状況にはならないから」。絶望を経験した杉野さんの切なる思いだ。
 ◇悲観的見方変えたい ADI理事・スワッファーさん
 鮮やかな花柄のシャツをまとい、大きな目を輝かせ、ユーモアを交えながら語る。オーストラリア人のケイト・スワッファーさん(58)は、若年性認知症の当事者としてADIの運営に携わる理事を務め、大学では認知症支援をテーマに博士号取得を目指して研究を続けている。世界各国で毎年開かれるADI国際会議などで、当事者ならではの視点で発言。今年の会議でも認知症の人の人権に関して講演する予定だ。自身の経験がその下敷きにある。
 診断を受けたのは2008年。子育てと仕事の傍ら、長年の夢をかなえ、大学に通って心理学の学位取得を目指していた。だが、医師からはこう忠告された。「仕事も学業もあきらめた方がいい」。当事者のスワッファーさんでなく、そばにいた夫に向かって説明するようになった。「置き去りにされている」。屈辱とともに話を聞いた。
 落ち込んだが、大学が心のよりどころになった。一時休学したものの、教員の勧めで障害者支援部門のサポートを受けながら復学した。1週間ほど間が空くと論文の引用の仕方を忘れてしまうこともあるが、大学の支援を受けたり、動画投稿サイトを見たりしながらやり方を確認して課題をこなす。認知症の啓発活動に関わるきっかけも、大学に課された旅行に関する作文の課題だ。認知症になったことを未知の世界に例えた文章が雑誌に掲載され、関心を集めた。
 講演に呼ばれるようになり、14年には認知症ケアで修士号を取得、現在も大学で認知症の人への支援について研究。脳卒中などの後遺症のある人がリハビリを受けて社会復帰するように、認知症の人も診断前のような生活を続ける環境を作れないか。「適切な支援があればやれることは多い」と訴える。
 台所など自宅の所々には「コーヒーのいれ方」「シャンプーの使い方」「外出する前には必ず鍵をかける」とカードを貼っている。外出時には行動予定のメモを持ち歩く。「私は水面下で激しく足を動かす白鳥よ」。エネルギッシュな活動の一方で、日常を保つためにもがき続けている。
 「いつか夫の名まで忘れてしまうのではないか」。そんな恐怖を抱きながらも前を向く。「悲観的な見方を変えたい。認知症になっても幸せに生きていけると伝えたい」
 ◇当事者参画「04年京都」から 「認知症」に呼称変更
 「私たち抜きに私たちのことを決めないで!(Nothing about us,without us!)」。2004年10月、京都市で開かれたADI国際会議の分科会「痴呆の人に関わる」で、元豪州政府高官のクリスティーン・ブライデンさんがホールにつめかけた人々に語りかけた。
 1995年、46歳の若さで認知症と診断された後、手記を出版するなど世界の当事者運動の先頭に立ってきた。分科会では「認知症の人を『心のない抜け殻』と捉える偏見は、施策への意思決定から当事者を遠ざけ、力を抑圧する」などと鋭く指摘した。「私たちの力を信じて。私たちは制度や支援をよりよくできる」。当事者の参画を強く求めた。
 会議では、福岡県に住む元会社員の越智俊二さん(故人)も、認知症になった苦悩や家族への感謝などを語った。本人の肉声が届けられることが少なかった時代。その声は関係者に大きな衝撃を与え、当事者を励まして発信の先駆けになった。
 06年には、国内初めてとなる「本人会議」が京都市で開かれた。12年9月には、佐藤雅彦さんや中村成信さんら当事者が呼びかけて研究勉強会が初めて開催され、本人の視点で社会や医療などのあり方を考える動きが加速する。さらに14年10月、佐藤さんや藤田和子さんらが共同代表となって「日本認知症ワーキンググループ」が発足し、国に対する政策提言などに取り組んでいる。
 当事者の働きかけを受け、その声は国の政策にも反映されていく。04年のADI国際会議から間もない同年12月、「痴呆」という呼び方が「何もわからなくなる」と誤解を生むとして、国は「認知症」に名称を変えた。15年1月策定の認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)では、7本柱の一つに「本人や家族の視点の重視」が挙げられ、他の六つの柱を貫くと位置付けられている。
 活動の口火を切ったブライデンさんは、日本の友人の招きで今回も再び来日する。29日午前11時45分から、ADI国際会議の分科会で「日本の変化―外からの視点」と題して発表する。
 ◇テーマ「ともに新しい時代へ」 73カ国2100人参加
 今回のADI国際会議のテーマは「ともに新しい時代へ」。高齢化社会を迎える中、医療・介護分野だけでなく、さまざまな分野で共生社会を作ろうという希望が込められている。
 日程は4日間で、全体会(5)▽分科会(25)▽ワークショップ(5)があり、総勢約200人が最先端の研究成果や、自身の団体の取り組みなどを紹介する。他に400のポスター発表、交流や学びを深める「認知症カフェ」の模擬体験など多彩な企画がある。3月27日現在、73カ国2100人の参加を見込む。
 会議の特徴は、当事者の発表や運営への参加だ。ケイト・スワッファーさんは27日正午から全体会で「人権の尊重」について発表。認知症と診断されている仙台市の丹野智文さん(27日)▽英国のクリス・ロバーツさん(28日)▽杉野文篤さん(29日)がそれぞれの日の「皮切り」のスピーチを担当する。
 ワークショップでは28日午後2時から丹野さんの司会で「日本認知症ワーキンググループ」が活動を紹介。26日の歓迎式典では若年性認知症の人と家族、地域の支え合いの会「希望の灯(あか)り」(堺市)がバーコーナーを担当する。
 参加は有料。問い合わせは認知症の人と家族の会内「ADI国際会議事務局」(075・811・8399)。
 ADI国際会議の一部は無料で一般公開される。27と28の両日、午後2時から午後5時、会場の一部であるイベントホールを開放。世界16の国・地域の取り組みを紹介するブースやポスター発表が見られ、認知症カフェも体験できる。事前申し込み不要。ブースやポスター発表は英語での説明もあるが、通訳ボランティアが配置される。
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 ◇認知症の「当事者」をめぐる動き◇
2004年10月 京都市で開かれた「ADI国際会議」で元豪州政府高官のクリスティーン・ブライデンさんや元会社員の越智俊二さんが当事者として実名公表し、発表
     12月 厚生労働省が「痴呆」は「何もわからなくなる」との誤解を与えるとして「認知症」に変更。都道府県や学会などに通知
  06年10月 京都市で初めての「本人会議」が
開かれる
  12年 9月 当事者が呼びかけ人となった初めての「認知症当事者研究勉強会」が東京で開催
  14年10月 当事者が政策提言に取り組む国内初の「日本認知症ワーキンググループ」が発足
  15年 1月 認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)策定。基本的考え方の7本の柱の一つに「認知症の人やその家族の視点の重視」が位置付けられた
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 ◇主な日程◇
【26日】
歓迎式典や特別プログラム
【27日】
全体会1「認知症の世界的見地」
全体会2「認知症ケアにおける公正さとアクセス」
ワークショップ1「認知症と診断されたら」
ワークショップ2「認知症に関わる当事者団体の役割と今後の課題」
分科会(1)診断と画像診断(2)認知症政策と公的な政策イニシアチブ(3)介護職の教育と研修(4)環境とデザイン(5)認知症にやさしい地域社会1(6)リスク因子と健康的な加齢(7)認知症のための連携と福祉制度(8)非薬物的介入(9)社会的理解と偏見(10)パーソン・センタード・ケア
【28日】
全体会3「認知症に関する最新の科学」
全体会4「認知症と災害」
ワークショップ3「認知症の人々による希望をつなぐリレー」
ワークショップ4「より多くの認知症患者に研究参加してもらうには」
分科会(11)新しい治療と方法論(12)人権と倫理における課題(13)ケアモデル(14)テクノロジーと認知症(15)認知症にやさしい地域社会2(16)疫学(17)ケアの調整と連携(18)医療経済学(19)地域社会への参加と連携(20)セクシュアリティと認知症
【29日】
全体会5「認知症にやさしい地域社会」
ワークショップ5「『認知症にやさしい地域』を評価する」
分科会(21)認知症における科学関連事項(22)介護者支援と介護者研修(23)リハビリテーションとその可能性(24)認知症の人との関わり(25)人生の最後
 ※詳しい日程は第32回ADI国際会議のホームページ(http://www.adi2017.org/ja/)で確認できる。
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 ■人物略歴
 ◇杉野文篤(すぎの・ふみあつ)
 1953年三重県鈴鹿市生まれ。龍谷大大学院修士課程修了(仏教史学)。高校教員の後、兵庫県内の大学設立に関わる。京都市内の大学の事務長をしていた2013年に59歳でアルツハイマー型の認知症と診断。今会議では、当事者として唯一の組織委員を務める。29日午前8時45分から自身の経験を発表する。
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 ■人物略歴
 ◇ケイト・スワッファー
 広告代理店を営む夫とオーストラリア南部アデレードに暮らす。子供は息子2人。1977年に看護師としてキャリアをスタート。認知症の診断を受ける前は、健康管理関係の営業職や看護師の教育にも携わった。次々と新しい挑戦を続ける姿勢と実績が評価され、2016年に「最も活躍した南オーストラリア人」に選ばれた。
ジャンル:
ウェブログ
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