テイルのボヤッキー

忙しい毎日の中、驚きいっぱい。いろんなことぼやきます。

日本国憲法は押しつけられたものなんていってるが・・・

2017-05-13 20:20:08 | 平和

たまたま新岐阜の方に向かって歩いて行くと

大きな黒い車から演説が聞こえてきた。

「・・・押しつけられた憲法である。これで日本を好きになれるわけがない。

 日本の憲法を取り戻さなければ行けない。

     だが、日本を嫌いな日教組の教師達が・・・」

車に近づくに従って私は、

もう話はほとんど耳に入らなくなっていく。

黒い服を着たがしっとした体格の男性達が

車の横一列に そして対面の歩道にも一列に並んでいたからだ。

人数は2,30人で 多くはないが、その異様さに足を速めて通り過ぎた。

 今、この人達の言う、そして安倍首相達も言っている

「押しつけられた」ということについて考えてみた。

 大島では、戦後独立せねばならないかもという状況もあり、主権在民を謳った憲法草案を

つくったことが、明らかになった。

このほかにも五日市憲法など、日本のあちこちで憲法について議論されていた。中でも

民間での憲法制定の準備・研究を目的として結成された憲法研究会は、

憲法史研究者鈴木安蔵、高野岩三郎、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄等が参加して

憲法について討議を重ねた。そして

 研究会内での討議をもとに、鈴木が第一案から第三案(最終案)を作成して、

昭和20年12月26日に「憲法草案要綱」として、内閣へ届けた。記者団にも発表された。

この草案要綱の冒頭の根本原則では、

   「統治権ハ国民ヨリ発ス」として天皇の統治権を否定、国民主権の原則を採用

   天皇は「国家的儀礼ヲ司ル」として天皇制の存続を認めた。

   また人権規定においては、具体的な社会権、生存権が規定されている。

また、GHQにも届けられその後、通訳・翻訳部(ATIS)がこれを翻訳し、検討されている。

また、政治顧問部のアチソンから国務長官へも報告されている。

この草案要綱が現憲法のもとになっている。ここに、

ベアテ・シアタ・ゴートさんが女性の権利について提案し、

 1946年1月24日マッカーサーと幣原総理大臣が会談。 

このときに幣原が、天皇制の護持と戦争放棄の考えをマッカーサーに述べた。

(昨年夏、平野文書が見つかって、幣原から聞いたことを記録した文書が見つかっている)

こうしてみると、決してGHQからの押しつけであったとは言えない。

 それどころか、国民の作り出した憲法であると思えてくる。

 

なぜ、様々な事実が示していることを、素直に認めないで、反対のことを言うのか・・・

 

 

 

 

 

『政治』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« はじめっから数の論議で突き... | トップ | 北朝鮮のミサイル発射 許せな... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。