当ブログにコメントを寄せていただいたノブさんこと中島信文氏の著書『龍馬暗殺の黒幕は歴史から消されていた 幕末京都の五十日』(彩流社)が、昨日やっと手元に届いた。発注を家人に任せたら、コープネット(生協)を通じたものだから、ずいぶん日数がかかったのである。
さて、かねて龍馬暗殺には土佐藩(士)が関与しているし、なにより近江屋自体が暗殺犯を手引きしていると主張している私にすれば、中島氏の論考の大筋には異論はない。寺村左膳の日記にこだわったのは面白いと思う。
龍馬が暗殺された日の寺村日記は一種の「謎」であって、事件当日に記されたものであり、あの日記の通り芝居の帰り道に事件の克明な報告を受けたというなら、一体誰が報告したのかという疑念につつまれるのである。後日に知り得た情報を付加して、当日受けた報告のようにして、数日後にまとめた日記であるとするならば、龍馬の事件を特筆するのが人情だろうと思うが、さにあらず、初めて芝居見物をして面白かったというのがトップ記事である。時系列な記述を墨守したといえばそれまでだが、龍馬らの死に対する視線が冷ややかすぎるのであった。
ただし芝居見物を終え、近喜という店に夕食に向かう途中で、家来から事件の報告を受けたという記述は重要である。軍鶏鍋を食べようとしていた龍馬らと同じく寺村らも夕食前なのだ。いったい寺村らはどんな芝居を観、その芝居は何時頃に終っていたのか、私はずっと気になっていた。龍馬らの暗殺時刻が推定できるからである。そのことについては「龍馬暗殺の日の南座の演目」に書いた。どうやら通説よりずっと早い時間に近江屋事件は起きているのである。寺村日記に呼応した時刻は刺客のひとり渡辺篤の告白にあらわれる。「宵の口」あるいは「夕方」に踏み込んだと渡辺はいう。渡辺の証言を重視する必要がある、とはもうなんべんも書いた。
ところで中島氏の本には幾つかの違和感を感じた。看過できない箇所について、以下に記しておく。
1)「面白いことに、谷干城は、講演では今井信郎の談話が出た明治三十三年以降、近江屋の主人に当時の当時の状況を聴きに会いに行ったと述べているくらいで、事件当時は、彼は殺害状況など、良くは知らなかったのだ」(95ページ)
この箇所だけでなく、どうも中島氏は谷の証言を不確かなものとする印象操作をしたいらしいが、なぜ「殺害状況を良く知らなかった」となるのだろう。切り傷の様子から殺害の様子を分析している谷の証言はみごとだし、そして部屋には食事の用意もなにもなかったという谷の記述が私などどれほど貴重に思えたか。近江屋に会って谷が確認したかったのは事件当日の小僧の有無であって、これは谷の律儀さのあらわれである。事件のことがわからないから、近江屋主人に聞きに行ったのではない。
2)「田中光顕は明治末の宮内大臣当時の皇后夢枕事件で土佐藩の坂本龍馬偶像化の張本人であり、…」(193ページ)
皇后夢枕事件が土佐藩のデッチ上げという話自体が、デッチ上げなのである。このことはブログで縷縷書いてきた。私の書いたものをお読みの上で、なおこういう表現をされるのであれば、田中光顕張本人説の根拠を提示していだだこう。
3)「…この池田屋事件では、手代木勝任が実は全体の指揮を取り近藤勇と共に働き、この時、手代木勝任も北添佶摩、望月亀弥太ら土佐藩、長州藩の尊王攘夷派の志士を斬っているなど、共に大きな手柄を立てている」(216ページ)
最近『池田屋事件の考察』(講談社現代新書)という労作を発表した中村武生氏が読んだら目をむくのではないだろうか。手代木が指揮?
望月は門倉屋敷の脇で自刃し、北添は一橋家の役人に槍で刺されたという説はあるが、手代木に斬られたなどという説は寡聞にして知らない。
一事が万事ということがある。筆をすべらせては他の論考に影を落としてしまう。
私ごとだが、手術で11リットル出血し、輸血を受けた。アグレッシブな人の血が入ったらしく、怒りっぽくなっている。ご海容のほどを。
さて、かねて龍馬暗殺には土佐藩(士)が関与しているし、なにより近江屋自体が暗殺犯を手引きしていると主張している私にすれば、中島氏の論考の大筋には異論はない。寺村左膳の日記にこだわったのは面白いと思う。
龍馬が暗殺された日の寺村日記は一種の「謎」であって、事件当日に記されたものであり、あの日記の通り芝居の帰り道に事件の克明な報告を受けたというなら、一体誰が報告したのかという疑念につつまれるのである。後日に知り得た情報を付加して、当日受けた報告のようにして、数日後にまとめた日記であるとするならば、龍馬の事件を特筆するのが人情だろうと思うが、さにあらず、初めて芝居見物をして面白かったというのがトップ記事である。時系列な記述を墨守したといえばそれまでだが、龍馬らの死に対する視線が冷ややかすぎるのであった。
ただし芝居見物を終え、近喜という店に夕食に向かう途中で、家来から事件の報告を受けたという記述は重要である。軍鶏鍋を食べようとしていた龍馬らと同じく寺村らも夕食前なのだ。いったい寺村らはどんな芝居を観、その芝居は何時頃に終っていたのか、私はずっと気になっていた。龍馬らの暗殺時刻が推定できるからである。そのことについては「龍馬暗殺の日の南座の演目」に書いた。どうやら通説よりずっと早い時間に近江屋事件は起きているのである。寺村日記に呼応した時刻は刺客のひとり渡辺篤の告白にあらわれる。「宵の口」あるいは「夕方」に踏み込んだと渡辺はいう。渡辺の証言を重視する必要がある、とはもうなんべんも書いた。
ところで中島氏の本には幾つかの違和感を感じた。看過できない箇所について、以下に記しておく。
1)「面白いことに、谷干城は、講演では今井信郎の談話が出た明治三十三年以降、近江屋の主人に当時の当時の状況を聴きに会いに行ったと述べているくらいで、事件当時は、彼は殺害状況など、良くは知らなかったのだ」(95ページ)
この箇所だけでなく、どうも中島氏は谷の証言を不確かなものとする印象操作をしたいらしいが、なぜ「殺害状況を良く知らなかった」となるのだろう。切り傷の様子から殺害の様子を分析している谷の証言はみごとだし、そして部屋には食事の用意もなにもなかったという谷の記述が私などどれほど貴重に思えたか。近江屋に会って谷が確認したかったのは事件当日の小僧の有無であって、これは谷の律儀さのあらわれである。事件のことがわからないから、近江屋主人に聞きに行ったのではない。
2)「田中光顕は明治末の宮内大臣当時の皇后夢枕事件で土佐藩の坂本龍馬偶像化の張本人であり、…」(193ページ)
皇后夢枕事件が土佐藩のデッチ上げという話自体が、デッチ上げなのである。このことはブログで縷縷書いてきた。私の書いたものをお読みの上で、なおこういう表現をされるのであれば、田中光顕張本人説の根拠を提示していだだこう。
3)「…この池田屋事件では、手代木勝任が実は全体の指揮を取り近藤勇と共に働き、この時、手代木勝任も北添佶摩、望月亀弥太ら土佐藩、長州藩の尊王攘夷派の志士を斬っているなど、共に大きな手柄を立てている」(216ページ)
最近『池田屋事件の考察』(講談社現代新書)という労作を発表した中村武生氏が読んだら目をむくのではないだろうか。手代木が指揮?
望月は門倉屋敷の脇で自刃し、北添は一橋家の役人に槍で刺されたという説はあるが、手代木に斬られたなどという説は寡聞にして知らない。
一事が万事ということがある。筆をすべらせては他の論考に影を落としてしまう。
私ごとだが、手術で11リットル出血し、輸血を受けた。アグレッシブな人の血が入ったらしく、怒りっぽくなっている。ご海容のほどを。
![]() | 龍馬暗殺の黒幕は歴史から消されていた 幕末京都の五十日 |
| 中島 信文 | |
| 彩流社 |













大筋で、異論は無いと、言われて本が出せた甲斐がありました。
(厳しい出版界で、出すのに相当の苦労で。何度も、駄目かと思いながら出版社に持ち込みしたものでして。)
1、谷については、私も一番、事件後の詳細を真摯に語った藩士と思っています。
谷に関することは鏡川さんのものを何度も読みました。
私が言いたかったのは、谷も、実行犯が、戸前から近江屋に押し入った時点までのことは知らないということを強調したかった、それだけだったのです。
私は、谷が「三十三人組連署」を後世に残した事績と、講演などを高く評価し、谷が事件後のことは知っているし殺され方などは調べたが、実行犯の侵入方法が良く分からず、苦悩したのであろうと、推測したのです。
(谷の分析は、鏡川さんのものを良く読んで、反論ではなく感心していたのです。谷の世間の誤解を解くために述べたつもりなのですが、裏目に。笑い。ご容赦を)
2、手代木の池田屋事件の事は、誤解される書き方でした。当時、近藤らが押し入り、会津藩に通報していたのですが、その後に、手代木が指揮をとり、池田屋に向かった。そして、会津藩の手代木なども手柄をたてたと詳しく、書くべきでした。(ここは、本の本道ではなく、調べも浅く、手を抜きすぎました。)
3、夢枕事件については、田中光顕が、当然、関与していただろうと、考えていただけで。
田中光顕の件での、本の趣旨は、明治末や大正初めでも、旧籍や、家柄、藩などがまだまだ、大きな位置を占めていたことを強調するためで、歴史の問題点を言いたかった。で、鏡川さんと同じには書かなかった。(ここは、間違っていたら、素直に、謝りたいです。)
大きな手術後なのに、読んでいただき、これで、大きな一つの目的がなりました。
回復が順調にいくように祈ってます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
どういうわけだが、近江屋事件を見廻組の公務として黒幕も謎もないと言いたがるおめでたい連中がいるかぎり、ノブさんのような本で刺激する必要はあるわけです。
本が一冊出れば、もう実績のある著者ということです。お互い、切磋琢磨いたしましょう。
近江屋事件については、まったくその通りで、新たな展開にしたいですね。
未熟な私にありがたい、お言葉、ありがとうございます。