昼の消防サイレンの音を目覚まし代わりに、漸くベッドから起き
出すのがここ最近の鏡子の一日の始まりだった。
5年勤めた広告会社を辞めることに決めて、強引に有給休暇を
消化している。
働いた5年の間、月に4日公休が取れればラッキーの状態の中、
走り続けて来た。
辞める時ぐらい権利を主張してもいいだろうと会社では異例の
有給休暇消化を押し通した。
ベッドから這い出るとテーブルに置いてある飲みかけのエビアン
を一気に飲みほし、セーラムライトに手を伸ばした。
ゆらゆらと揺れる煙を見ながら大きな欠伸をする。
今月中に引っ越しできるのかしら・・
溢れた荷物に目をやりため息をつく。
東京の本社で同期入社した瞬一に恋をして、つかず離れずの関
係を楽しんでいたのだが瞬一の京都支社の転勤が決まったのを
期に忘れて新しい恋を探そうと別れを決めた。
進展しているのかいないのか分からない関係にも疲れていたこと
も本音だった。
しかし、半年も経つ頃には瞬一に会いたくて会いたくて仕方がな
くなり、見聞を広めたいと直談判をして強引に京都支社へ転勤し
てきた。
ラッキーだったと思う。
単なる事務職だったら認めてもらえなかっただろう。
鏡子は、小さな広告会社ではあったが1,2を争うイラストレーター
をしていた。
「アーティストは型にはめられないからなぁ」と社長の一言で転勤
が認められた。
直ぐに、住まいも用意してくれ直談判から1ヶ月後には京都での生
活が始まっていた。
しかし、結局追いかけてきた瞬一と結ばれることは無く、今度こそ
決別しなければならなくなり京都支社にいる必要も無くなってしまっ
た。
このままこの会社にいてもなぁ・・とぼんやり考える頃、鏡子のイ
ラストレーターとしての作品を気に入ってくれているクライアント
の勧めもあり、フリーとしてやっていこうと決め、会社を退職する
ことにした。
当然ながら会社が借りてくれた住まいは出なければならなく、東京
へ帰ろうかとも考えてはいるのだが、京都を出ることに躊躇い始め
ていた。
「デンワデスヨデンワデスヨ」
携帯の着信を知らせる音声が流れた。
表示画面を見ると「怜司」の名前が点滅していた。
鏡子の胸が高鳴った。
そう、これが京都を出ることを躊躇い始めた理由であった。
「おはよ。」
「・・昼も十分過ぎているけど?鏡子さんまだ寝てた?」
「さっき起きたところ。 どうしたの?」
「今日も店に来るかなぁ・・って思って。昨日閉店まで待っててく
れたらゆっくり話せたんだけど。
今夜は閉店まで待っててほしいなって思ってさ」
鏡子は鼓動が早くなるのを感じる。
そして満面の笑顔を悟られないように言葉を選んだ。
「・・なら、眠くならなかったら閉店までいようかな」
「カウンターで寝てていいからさ。じゃ、待ってるから。」
電話を切ると、思わず携帯を抱きしめた。
ドキドキとワクワクの震えるような感覚は久しぶりだった。
あの日、瞬一から婚約を告げられた夜に入ったShot Bar Relax。
怜司はその店のバーテンだった。
遊んでそうな雰囲気を醸し出しつつも、影のあるような目が気にな
り、何度か足を運んでいた。
怜司とのカウンター越しからの話しは、日を重ねるごとに距離が縮
まっていくような感覚で、それがバーテンの「手」なのかなとも
思いながらも魅かれていく自分を感じていた。
カウンター越しの会話も、他の客がいない時には鏡子の隣に座り
瞳を重ねることも多くなった。
携帯のアドレスも交換して、それから一日一回は電話がかかってく
るようになった。
- 今夜は閉店まで待っててほしなって思ってさ。
今夜は、何かが起きるかもしれない。
それは、怜司と何かが始まるのかもしれない。
鏡子の子宮がキュンと震えた。
出すのがここ最近の鏡子の一日の始まりだった。
5年勤めた広告会社を辞めることに決めて、強引に有給休暇を
消化している。
働いた5年の間、月に4日公休が取れればラッキーの状態の中、
走り続けて来た。
辞める時ぐらい権利を主張してもいいだろうと会社では異例の
有給休暇消化を押し通した。
ベッドから這い出るとテーブルに置いてある飲みかけのエビアン
を一気に飲みほし、セーラムライトに手を伸ばした。
ゆらゆらと揺れる煙を見ながら大きな欠伸をする。
今月中に引っ越しできるのかしら・・
溢れた荷物に目をやりため息をつく。
東京の本社で同期入社した瞬一に恋をして、つかず離れずの関
係を楽しんでいたのだが瞬一の京都支社の転勤が決まったのを
期に忘れて新しい恋を探そうと別れを決めた。
進展しているのかいないのか分からない関係にも疲れていたこと
も本音だった。
しかし、半年も経つ頃には瞬一に会いたくて会いたくて仕方がな
くなり、見聞を広めたいと直談判をして強引に京都支社へ転勤し
てきた。
ラッキーだったと思う。
単なる事務職だったら認めてもらえなかっただろう。
鏡子は、小さな広告会社ではあったが1,2を争うイラストレーター
をしていた。
「アーティストは型にはめられないからなぁ」と社長の一言で転勤
が認められた。
直ぐに、住まいも用意してくれ直談判から1ヶ月後には京都での生
活が始まっていた。
しかし、結局追いかけてきた瞬一と結ばれることは無く、今度こそ
決別しなければならなくなり京都支社にいる必要も無くなってしまっ
た。
このままこの会社にいてもなぁ・・とぼんやり考える頃、鏡子のイ
ラストレーターとしての作品を気に入ってくれているクライアント
の勧めもあり、フリーとしてやっていこうと決め、会社を退職する
ことにした。
当然ながら会社が借りてくれた住まいは出なければならなく、東京
へ帰ろうかとも考えてはいるのだが、京都を出ることに躊躇い始め
ていた。
「デンワデスヨデンワデスヨ」
携帯の着信を知らせる音声が流れた。
表示画面を見ると「怜司」の名前が点滅していた。
鏡子の胸が高鳴った。
そう、これが京都を出ることを躊躇い始めた理由であった。
「おはよ。」
「・・昼も十分過ぎているけど?鏡子さんまだ寝てた?」
「さっき起きたところ。 どうしたの?」
「今日も店に来るかなぁ・・って思って。昨日閉店まで待っててく
れたらゆっくり話せたんだけど。
今夜は閉店まで待っててほしいなって思ってさ」
鏡子は鼓動が早くなるのを感じる。
そして満面の笑顔を悟られないように言葉を選んだ。
「・・なら、眠くならなかったら閉店までいようかな」
「カウンターで寝てていいからさ。じゃ、待ってるから。」
電話を切ると、思わず携帯を抱きしめた。
ドキドキとワクワクの震えるような感覚は久しぶりだった。
あの日、瞬一から婚約を告げられた夜に入ったShot Bar Relax。
怜司はその店のバーテンだった。
遊んでそうな雰囲気を醸し出しつつも、影のあるような目が気にな
り、何度か足を運んでいた。
怜司とのカウンター越しからの話しは、日を重ねるごとに距離が縮
まっていくような感覚で、それがバーテンの「手」なのかなとも
思いながらも魅かれていく自分を感じていた。
カウンター越しの会話も、他の客がいない時には鏡子の隣に座り
瞳を重ねることも多くなった。
携帯のアドレスも交換して、それから一日一回は電話がかかってく
るようになった。
- 今夜は閉店まで待っててほしなって思ってさ。
今夜は、何かが起きるかもしれない。
それは、怜司と何かが始まるのかもしれない。
鏡子の子宮がキュンと震えた。