鏡-KAGAMI-

見えない世界に操られたある女の転落の人生の物語

鏡子

2009-05-19 20:03:42 | Tr.3 鏡子 No1
昼の消防サイレンの音を目覚まし代わりに、漸くベッドから起き
出すのがここ最近の鏡子の一日の始まりだった。

5年勤めた広告会社を辞めることに決めて、強引に有給休暇を
消化している。
働いた5年の間、月に4日公休が取れればラッキーの状態の中、
走り続けて来た。
辞める時ぐらい権利を主張してもいいだろうと会社では異例の
有給休暇消化を押し通した。

ベッドから這い出るとテーブルに置いてある飲みかけのエビアン
を一気に飲みほし、セーラムライトに手を伸ばした。
ゆらゆらと揺れる煙を見ながら大きな欠伸をする。
今月中に引っ越しできるのかしら・・
溢れた荷物に目をやりため息をつく。

東京の本社で同期入社した瞬一に恋をして、つかず離れずの関
係を楽しんでいたのだが瞬一の京都支社の転勤が決まったのを
期に忘れて新しい恋を探そうと別れを決めた。
進展しているのかいないのか分からない関係にも疲れていたこと
も本音だった。
しかし、半年も経つ頃には瞬一に会いたくて会いたくて仕方がな
くなり、見聞を広めたいと直談判をして強引に京都支社へ転勤し
てきた。
ラッキーだったと思う。
単なる事務職だったら認めてもらえなかっただろう。
鏡子は、小さな広告会社ではあったが1,2を争うイラストレーター
をしていた。
「アーティストは型にはめられないからなぁ」と社長の一言で転勤
が認められた。
直ぐに、住まいも用意してくれ直談判から1ヶ月後には京都での生
活が始まっていた。

しかし、結局追いかけてきた瞬一と結ばれることは無く、今度こそ
決別しなければならなくなり京都支社にいる必要も無くなってしまっ
た。
このままこの会社にいてもなぁ・・とぼんやり考える頃、鏡子のイ
ラストレーターとしての作品を気に入ってくれているクライアント
の勧めもあり、フリーとしてやっていこうと決め、会社を退職する
ことにした。

当然ながら会社が借りてくれた住まいは出なければならなく、東京
へ帰ろうかとも考えてはいるのだが、京都を出ることに躊躇い始め
ていた。

「デンワデスヨデンワデスヨ」
携帯の着信を知らせる音声が流れた。
表示画面を見ると「怜司」の名前が点滅していた。
鏡子の胸が高鳴った。
そう、これが京都を出ることを躊躇い始めた理由であった。

「おはよ。」
「・・昼も十分過ぎているけど?鏡子さんまだ寝てた?」
「さっき起きたところ。 どうしたの?」
「今日も店に来るかなぁ・・って思って。昨日閉店まで待っててく
れたらゆっくり話せたんだけど。
今夜は閉店まで待っててほしいなって思ってさ」
鏡子は鼓動が早くなるのを感じる。
そして満面の笑顔を悟られないように言葉を選んだ。
「・・なら、眠くならなかったら閉店までいようかな」
「カウンターで寝てていいからさ。じゃ、待ってるから。」
電話を切ると、思わず携帯を抱きしめた。
ドキドキとワクワクの震えるような感覚は久しぶりだった。

あの日、瞬一から婚約を告げられた夜に入ったShot Bar Relax。
怜司はその店のバーテンだった。
遊んでそうな雰囲気を醸し出しつつも、影のあるような目が気にな
り、何度か足を運んでいた。
怜司とのカウンター越しからの話しは、日を重ねるごとに距離が縮
まっていくような感覚で、それがバーテンの「手」なのかなとも
思いながらも魅かれていく自分を感じていた。

カウンター越しの会話も、他の客がいない時には鏡子の隣に座り
瞳を重ねることも多くなった。
携帯のアドレスも交換して、それから一日一回は電話がかかってく
るようになった。

- 今夜は閉店まで待っててほしなって思ってさ。

今夜は、何かが起きるかもしれない。
それは、怜司と何かが始まるのかもしれない。

鏡子の子宮がキュンと震えた。








出会い

2009-05-12 21:31:43 | Tr.2 出会い
玲司と出会ったのは2年前の梅雨の夜だった。

その頃、まだ会社員だった鏡子は同僚の瞬一と別れたりくっつい
たりと微妙な関係を続けていた。
その瞬一から婚約をしたと告げられた夜だった。
「・・婚約?誰と?」
想像もしていなかった言葉に鏡子の頭は瞬間真白になった。
「総務の花ちゃんだよ。」
男とつきあったことが有るのか無いのか分からないぐらいのあの
野暮ったい花ちゃん!?
と言いそうになるのを、ぐっと飲みこんだ。
「ふ~ん。瞬一にしては珍しいタイプね。」
精一杯の皮肉だった。
「一緒にいるとさ、落ち着くんだよね。俺がいないとアイツだめだし
さ。恋愛と結婚は別だって言うの分かる気がするよ。」
ア・イ・ツ・・瞬一の前ではあの野暮ったい花ちゃんもオンナになって
いたことに嫉妬を感じた。
「鏡子もさ、もう33歳だろ?いい加減仕事人間止めてさ、オンナとし
ての幸せみつけてみろよ。」
・・ちきしょー!!好きで仕事人間してると思ってたのかっ!
私だってオンナの幸せ手に入れたいにきまっているじゃないか!!!

鏡子の中では、最後に結ばれるのは瞬一だと思っていた。
なんだかんだ言っても瞬一の戻る場所は自分の所でそのままの瞬
一を理解してあげられるのは自分だけだと自負すらもしていた。
それだけに、その瞬一から婚約を告げられ、しかも付きあっていたこ
とにも気付かず、その相手がオンナとしての魅力が一切無い総務の
花ちゃんときたら、悲しいを通りこして怒りになっていた。

今日は飲み倒す!
鏡子は孤独と寂しさと悔しさと嫉妬と訳の分からない感情に押し潰さ
れながら、一心不乱に木屋町を歩き続けていた。

Shot Bar Relax
ふとこの看板が目に入った。
Relax・・ねぇ・・リラックスさせていただこうかしら。
通り沿いにあるのだが少し遠慮がちに奥まって佇む木の扉に手をかけ
た。

「いらっしゃい」20歳ぐらいだろうかわいい女の子がカウンターの中
から声をかけた。
カウンター8席ぐらいの小さなお店だった。
常連であろう客たちが4人ほど座って談笑している。

「いらっしゃい。おねえさん初めて?好きな席座ってよ。」
客と一緒に座っていた男が立ちあがって微笑んだ。

無造作に後ろで束ねられた髪と白いシャツが印象の背の高い男だった。

それが、鏡子と玲司の初めての出会いだった。




始まりの夜

2009-05-12 17:27:59 | Tr.1 始まりの夜
鏡子は絶頂の夜を迎えていた。
もう二度とこの肉体を口にすることさえないと思っていただけに鏡子
の体を自由に開かせるその物体を無茶苦茶にしたい衝動に駆られる。

もうこれで一人じゃないんだ・・
鏡子の下で上下に体を動かす肉体に揺り動かされながら、鏡子の
動きが強まるほどに、呻き声を出す歪んだ顔を見下ろしながら安
堵に近い感情で満たされていた。

私が望んだことは全て叶ってきたんだから、こうして再び玲司に抱
かれることは前から決まっていたのよ。
今回は少し時間がかかってしまっただけ・・。
そして、体だけじゃなくて今夜からは玲司の全てが私の物になった
んだから。

鏡子は肉体の動きが早まるのを感じながら、世界を手に入れたほど
の絶頂の感情を味わっていた。
もう一人じゃない・・!!
私は一人じゃない・・!!

玲司の絶頂が早かったのか、鏡子の感情がピークに達するのが早
かったのか、二人の呻き声が闇に響いた。



はじめに

2009-05-12 16:35:31 | はじめに
今、人生の分岐点に佇んでいる一人の女がいる

右に曲がればそこは、輝ける未来へ続く道
だけど彼女は躊躇している
それは無意識で左の道を選ぼうとしているから

大切な人に幸せの光に包まれた人生を選んでほしいと願い
左に曲がった時から始まる物語を贈る

人は自分の未来を垣間見たとき
どんな選択をするのだろう


これから始まる物語は
現実なのか 非現実なのか


そして物語が終わったとき
あなたが選ぶのは
右なのか 左なのか