鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたい、と思います。

Αρχή ήμισυ παντός.(増補)〜原点を説くことの困難性〜

2017-03-30 07:23:25 | 卒業研究(耳鍼,統計学)
卒業論文を書きあぐねている。「Αρχή ήμισυ παντός.」(はじめは全体の半分)なのだと……。

「耳鍼」の問題、その原点をノジェの耳鍼療法とすると、ノジェの耳鍼療法の発想の原点が地中海沿岸地域の坐骨神経痛の民間療法であることからも、耳鍼とはそもそもが鎮痛のための耳介への鍼治療であったと考えられる。

そのことから、耳鍼の効果とは耳介への鍼刺激による交感神経の働きの亢進によるものでは無いのか?との仮説が浮上してくる。との思いとなって、『看護の生理学〜神経とホルモン〜(全11回)』(瀬江千史著 総合看護、連載)を再読して、交感神経について学び直すことで、耳鍼の効果というものが交感神経の働きの亢進によるものであるとするならば、鎮痛の問題も、体重減量の問題も、今回の卒業研究で耳鍼に効果が無いとなったことの説明も、全て一貫した説きかた(解きかた)が出来る!との思いとなっていった。

しかしながら、耳鍼の効果が交感神経の働きの亢進とするならば全てが見事に説ききれる。とは思えるのではあるが、その原点のところが、しっかりと説けないので、それではその先が如何に見事に説くことが出来たにしても、砂上の楼閣にしかならないとの思いとなって、出だしから書きあぐねている。

「Αρχή ήμισυ παντός.」ということを痛感する。海保先生が、『育児の認識学』(現代社)で人間の誕生時の認識を、繰り返し丁寧に説かれていることの意義、悠希先生が、『哲学・論理学研究(1)』(現代社)で、哲学・弁証法の誕生を説かれていることの意義が、月と鼈の比較ではあるが、実感としてイメージ出来たように思える。

耳鍼の原点をしっかりと書いていきたい。

「Αρχή (アルケー)」は「はじめ」と訳されているが、古代ギリシャ哲学では、物事の根源、世界の根源=「Αρχή (アルケー)」として、その究明が課題となっているということからも、Αρχή =はじめ=スタートというだけでは無しに、Αρχή =はじめ=根源との二重性で、Αρχή を捉えてやるべきであると思える。
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