鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたいと思います。

川口明弘氏のペンクリニック〜身体の歪みはどこまで整えるべきか〜

2017-04-23 22:12:21 | 鍼灸術・手技療法術
ペンクリニックで万年筆の調整をしていただいた。いつもながらの早業に関心させられた。

今日は朝から、「腫瘍とは何か」の原稿を書いていたのだが、万年筆のインクの出が悪くペン先の調整が必要な様であったので、偶然、本日、ナガサワ文具で行われていた川口明弘氏のペンクリニックにうかがってペン先の調整をお願いした。

他に、少し引っかかりを感じていたもの、なんとなくではあるが書き味に滑らかさの無いものの、合わせて三本のペン先調整をいただいた。(一応、二本までと決まっているのだが、空いている時はいつも……)一本、僅かに1分ほどで見違える様な書き味に調整いただける。

川口明弘氏のペン先調整は、ペン先をあまりいじり過ぎず、言って見ればペン先の姿を整えて正常に直す、というイメージであろうか。(もっとも、ペン先の正常像というものがしっかりとあるからこその、そこから外れている部分の修正であるからの、早業であるとも思うが)

本日、調整いただいた万年筆の中の一本は、万年筆の神様(長原宣義氏)に電動グラインダーで調整いただいたものであったので、筆記時の少しの引っかかりを感じていたものの、ペンクリニックに出すとせっかくの書き味が変わってしまうのではと危惧して、これまで再調整しなかったものであったのだが、川口明弘氏のペン先調整は上述の如きものであるので、お願いした。

結果は、自身の予想通りで、万年筆の書き味はそのまま損なわれること無しに、筆記時の引っかかりだけを調整していただけた。

これは、自身の手技療法術の施術の上でも学ぶべきことと思える。簡単には、患者はそれぞれに施術を受けるまでの何十年かをその人なりに個性的な身体の使いかたをしてきたのであるから、当然にその人なりに多かれ少なかれ歪んでいるものであるが、(まして自身の施術の対象は不調を訴えて来ているかたであるのだから……)その歪みを、全部整えてしまおうとするのでは無く、ある程度の歪みはその患者の個性?として許容しての整えが必要なのでは無いか?ということである。

ここは、改めて説きたいと思うが、端的には、施術時までの歪んで来た年月の長さによっては、つまり量質転化の深まりによっては、直しようがないし、仮に直してみても、治るということには繋がっていかない(これは実体の問題としてであるだけでは無しに、認識の問題としてでもある)と思えるからである。本日、川口明弘氏にペン先調整をしていただいた万年筆。真ん中のが長原宣義氏にペン先調整をしていただいた万年筆。
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