鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたいと思います。

強風の経験を振り返る〜Σχολή(スコレー)の持つ意義〜

2017-04-21 13:13:55 | 哲学(世界観・弁証法・認識論・論理学)
先日の強風の経験に関わってΣχολή (スコレー・余暇)の持つ意義を実感する。

昨日、小柄で高齢の患者さんとの会話をしていて、先日の春の嵐で電車がストップして深夜に二時間余を歩いて帰った時の、あまりの強風によろめかされた経験を思い出した。これまで何度かその患者さんから、「風の強い日は橋を渡る時に吹き飛ばされそうで恐いのでリハビリを休んでいます。」といわれたことがあったのだが、「そんなやつはおらんやろ〜(関西芸人のギャグ)」と半信半疑であった。

しかしながら、実際に自身で「風に吹き飛ばされそう」との経験を持って「風に吹き飛ばされそうで恐い」との思いを持ってみると、患者さんのいわれる「風に吹き飛ばされそうで恐いのでリハビリを休みます」ということが、実感レベルで分かることが出来そのことに対しての理解が深まった、像が厚みを増したと思える。

その結果として「風に吹き飛ばされそうで恐いのでリハビリを休みます」ということが「大変だなあ」「恐かっただろうなあ」との実感をともなっての分かるへとなっていった、と思う。

この「強風に吹き飛ばされる」ということに関わっての、自身の認識の変化・発展ということを概観してみるとΣχολή(余暇)があってこそのΦιλοσοφία(哲学)であったのだと、自身の、強風の中で必死に足を踏ん張って転倒したり土手から転落しないように頑張り続けることしか出来なかった、あれこれ考える余裕も無かったものが、あとで考えてみてはじめてそのことの意味が分かったということを、捉え返している自身のアタマの働きから、(日常レベルでいえば)こういうことなのかと実感することが出来た。と思う。
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