鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたいと思います。

年末所感〜鍼灸如何に学ぶべきか〜

2016-12-31 20:53:11 | 日記
 年末所感。鍼灸如何に学ぶべきか、のイメージが漸くに描けてきた、まだまだ一般的にではあるが実感レベルで描けてきた、と思える。

 今朝、弁護士という職業のアタマの働きの不可思議さ、凄さを思いながら目覚めた。(おそらく、数冊の推理小説を読んだから、昨日も寝る前に読んでいたからではと思うのだが)

 それは端的には、どんな立場の依頼人の立場にも立って、その立場での一貫した主張を論理的に展開する能力、それも依頼人の足らざるところを補う形で完成的に、依頼人自身の到底及ばない次元で展開する能力、ということであった。
 そのことを夢現の状態で思っていると、鍼灸の学びもまた同じことである、と思えた。鍼灸にも同様に様々な立場があるのだから、それらを弁護士の先生のアタマの働きの如くに、それぞれの立場の足らざるところを批判するのでは無しに、批判して終わりにするのでは無しに、それぞれの立場の足らざるところを補ってやって完成的に学ぶということが、成すべきことなのだ、と思えた。

 より具体的には、鍼灸の世界には大きくは、東洋医学的=古典的立場に立っての鍼灸と西洋医学的=現代医学的立場に立っての鍼灸の二つの立場がある。のだから、そのそれぞれの立場に立っての、足らざるところを補って......である。

 以上のことは、アタマの中でだけ思っている分には、何か新たな発見をした如くの思いとなって原稿用紙に向かって書き出したのであるが、文章化してみると、南郷先生がすでに幾度となく説いてくださっていることであるし、アリストテレスやヘーゲルが歴史上にすでになしている事でもある、と思える。それ以上に、それらに学んで、自身の思いとしてもあった筈のことであると、気づいた。

 では、何故に、それが新たな発見の如くに思えたのか?を考えてみると、自身の東洋医学的=古典的鍼灸に対する思いがこのところ大きく変化していっていることに思いあたった。それは12月にはいってからのn先生の鍼灸の施術=本治法による古典的鍼灸治療の効果を実感できているから、その効果の実感があるだけにそこにしっかりと学び、受け継ぎたいとの思いと成っていっている自身があるから、と思う。
 別言すれば、これまでは知識でしか分かっていなかったことが、実感レベルで分かるだけの事実を持ちつつあるから、だと思える。

 すでに、鍼灸を学び始めて1年と8ヶ月の月日を経ているのであるから、遅きに失した感があるが、理屈を事実で、実感レベルで分かること無しには......というのが自身のアタマであるから......そういう意味で、東洋医学的=古典的鍼灸治療の効果を自身に実感させてくださったn先生との出会いは、実践的には、今年の大きな収穫であった、と一年を振り返って改めて思わされる。

 今年も残りわずかと成りました。一年間、拙い本ブログにおつきあいくださった皆様には、心からの感謝の気持ちで一杯です。一年間ありがとうございました。新しい年の皆様の発展を心から願っています。自身も皆様に負けぬよう新しい年も全力を尽くしていく所存です。
 皆様、良いお年を......。

 


 
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