鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたいと思います。

夏の冷え対策の必要性〜夏の冷えの構造、人間におけるその二重性〜

2017-05-16 15:14:42 | 鍼灸術・手技療法術
夏の冷え対策として、「箱灸」行なった。その効果、必要性実感する。

ゴールデンウィークが終わる頃より自身の住む地方では冷房が当たり前となり、自身にとっては冷えに悩まされる季節となる。同時に、体調管理に気を使う季節ともなる。

本日の「夏の冷え対策」というのは、ひと昔前であれば奇妙な言葉、あり得ない言葉ではあるのだが、現在では、特別な言葉では無くなってしまっている。

それは、現象的にはクーラー(エアコン?)の普及により、暑ければクーラーで冷やすが当たり前となって来てしまっていることによるのであるが、問題の本質は、夏の冷やすは冬の寒さによる冷えとは構造に違いがある、夏の冷やすの冷えるには二重性があるということである。

これは以前にも説いたと思うので簡単に説いておくと、通常の冬の寒さによる冷えの場合は、冷えに対して、人間の身体は恒常性を保とうと、熱を逃さない、より多くの熱を生み出すという形での働きを行うことになる、それゆえ身体の表面は冷えることはあっても、通常は芯までは冷えて行かないものである。また仮に芯まで冷えていったとしても、身体がなんとかそれに抗おうとしての冷えであるから(それゆえの冬は風邪をひきやすい、発熱しやすいであろうかと……)身体は冷えによる深いダメージを受けにくいということになる。

それに対して、夏のクーラーによる冷えは、人間の身体が恒常性を保つために、熱が逃げるのを許す、場合によっては積極的に熱を逃がすことで身体を冷やす、という働きを一生懸命に行なっている、ということなのであり、そこへのクーラーでの冷やすであるだけに、身体は容易く芯まで冷えていく、かつそのことへの対応も後手後手になって、冷え過ぎているのに熱が出ない、だけに夏風邪はより重い病へなって行きやすいし、と冬の風邪にくらべて治りにくいということにもなっていく。という冬の冷えるが一重であるのに対して、二重の冷えるがあるのだ、と思う。

これは例えるなら、夏の冷やすは、ボクシングのカウンターパンチをイメージしていただくと良いと思う。通常のパンチは相手も防御しよう躱そうと必死になっているところへのパンチが当たったであるから、なかなかに一発KOとはいかないものである。それに対してカウンターパンチというものは、防御よりも攻撃を意識しての相手がパンチを出すところへの相打ち的なこちらのパンチであるから、相手がしっかり防御し難い、かつ相手の攻撃の勢いが自身の攻撃の勢いに加えられるのであるから、通常ならば相手を倒すに至らないレベルのパンチであっても一発KOということが、無きにしも非ずである。(この例えでは、通常のパンチが冬の冷える冷やすであり、カウンターパンチが夏の冷やす冷えるである)

「夏の冷え」というものはそのようなものであるだけに、しっかりと対策をしてやらねばならない、にもかかわらず、人間は認識的存在であるから、あろうことか「喜んで冷やす」「クーラーを使うのが当たり前」ということにもなっていってしまう。という構造をも併せもっている。ゆえに夏の冷えるは、動物では無い人間においては三重性があるということにもなろうか……。

さて、そのような構造を持つ「現代の、夏の冷える」であるので、クーラーの冷気に曝されるような場所へは近付かないのが一番であるのだが、止むを得ずという場合は、そういう場合が現代は当たり前になってもいるが、服装での対策は当然のこととして、日常的に身体を温める時間を持つ必要があると思える。

その具体が、例えば、炎天下の砂利道での足裏鍛練であるし、温泉あるいは、冒頭にあげた「箱灸」である。特に「箱灸」は、艾の温熱効果に加えて艾の持つ脂による効果も期待できる上に、手軽に出来て、火傷の心配もまず無いので、どなたにもおすすめ出来ると思う。
「箱灸」の実際。お腹(と腰)にが効果が高い、と思う。

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