鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたいと思います。

イタリアンシェフ・奥田正行氏に学ぶ(増補2)〜望診とはいかに修業すべきか〜

2017-08-14 15:56:23 | 鍼灸術・手技療法術
 イタリアンシェフ・奥田正行さんの料理修行のエピソードをラジオで聴いた。自身の手技療法の修業の不足痛感された。

 本日、移動中の車でラジオを聴いていると、奥田政行さんというイタリアンのシェフが、自身の修業時代のエピソードを話されていた。

 曰く、「……自身の修業時代のシェフは非常にストイックな方であった。その方が朝出勤してきたときに飲み物を準備して出すように言われていたのだが、シェフがドアを開けて入ってきて更衣室で着替えて厨房に来るまでの数分間に、コーヒーにするか紅茶にするか、あるいはハーブティーにするかを、そしてコーヒーならば熱いのか冷たいのか、あるいは温いのかを、ハーブティーならばミントなのかカモミールなのか……を、ドアの開け方、締め方、歩き方、階段の登り方等々から朱印時に判断して出す必要があった。
 そして、その判断が誤っていると、昼のランチが忙しくなってきた頃にシェフがキレ出して「俺がなんで怒っているかわかるか!?」と言いだして、「いえ!わかりません!」と答えると「いいか!俺が朝飲みたかったのはカモミールじゃあなくてミントティーだんたんだよ!朝一がそれだから全てが!……」と怒られる、がゆえに朝のシェフのドアの開け方締め方、歩き方……等々から、シェフの気分を必死に見て取る努力をしていったのだが、そのことが後になって、自分がシェフとなってお店を持ったときに、お客さんを観察して、のお客さんに合わせての料理の量や構成、味の微調整をして料理を出すというスタイルを可能にしてくれた、おかげで店は繁盛した。」と。(また、その厳しい修行時代には、職場への毎日は戦場に向かう戦士の心境であり、朝は「ロッキーのテーマ」「トップガンのテーマ」を聴きながら認識を整えつつであり、夜は今井美樹さんの「Peace of my wish」を聴かないと眠れなかった、とも言われていた。)


 この奥田政行さんの修業時代のエピソード、そしてお客さんに対して行っていること、これこそが正に「望診」の修業過程に必要とされるものであると思える。もっと言えば、「望診とは、視覚的に観察することにより心身の状態を知る診察法であり、患者の神・色・形・態の観察が基本であり……古来、神技と言われる」といくら暗記し、念じて見ても望診が可能となって行くわけもなく、イタリアンシェフ・奥田政行さんの修業時代のごとくに、生命賭けレベルの必死さで、患者の状態を見て取る努力をし続けることが必須であると思える。そう考えると、では自身は日々の患者さんに対して、このレベルの必死さで病状を見て取ること=望診を行っているのか、行えているのかと……。
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