“科学技術書・理工学書”読書室―SBR―                 科学技術研究者   勝 未来

科学技術書・科学書・技術書・理工学書/ブックレビュー・書評/新刊情報/科学技術ニュース   

■科学技術書・理工学書<ブックレビュー>■「南部先生が成し遂げたこと」(大栗博司著/日経サイエンス2015年10月)

2015-09-01 12:41:09 |    物理

書名:南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~

著者:大栗博司

発行:日経サイエンス(日経サイエンス2015年10月号56ページ~65ページ)

目次:物性物理学にも関心
    雌伏のプリンストン時代
    充実のシカゴ時代
      (1)対称性の自発的破れ
      (2)強い力のカラー自由度とゲージ理論による記述
      (3)弦理論の提案
    物理学の“魔法使い”

 2008年のノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎シカゴ大学名誉教授が、2015年7月5日亡くなった。享年94歳。ノーベル賞受賞の時は、小林誠高エネルギー加速器研究機構名誉教授と益川敏英京都産業大学教授と同時受賞のこともあって、日本国中が湧きかえった。受賞理由は、素粒子物理学における「対称性の自発的破れ」を理論的に説明したことであった。それまで一般の日本人の多くは、南部陽一郎という名前を知らなかっただろうし、ましてや「対称性の自発的破れ」などどいう素粒子物理学の最先端の理論など知る由もない。南部陽一郎は米国籍で、米国での研究生活が長かったせいで、多くの日本人が、その名を知らなかったのも当たり前と言えば当たり前とも言える。しかし、今後、南部陽一郎の名は、多くの日本人の記憶に強く残っていくはずだ。それは何故か。ある素粒子物理学者などは、南部陽一郎が成し遂げた業績は、“ニュートンの業績にも匹敵する”と断言している程だからだ。2013年のノーベル物理学賞は、ヒッグスとアングレールが、“ヒッグス粒子”に関する理論「ヒッグスメカニズム」で受賞したが、南部陽一郎の「対称性の自発的破れ」が「ヒッグスメカニズム」を生み出す原動力となったのである。現代の素粒子物理学の最先端の成果を生み出した源に、南部陽一郎の理論があったのだ。2008年、南部陽一郎がノーベル物理学賞を受賞した時、米国のある素粒子物理学の権威が「今まで南部陽一郎がノーベル賞を受賞していなかったことに驚いた」とコメントしていたことを思い出す。

 南部陽一郎のノーベル賞受賞で思い出すのは、何と言っても中間子理論でノーベル賞を受賞した湯川秀樹と、くりこみ理論で同じくノーベル賞を受賞した朝永振一郎だ。年輩の方ならご存知であろうが、湯川秀樹のノーベル賞受賞のニュースが日本にもたらされた時は、今回2008年の3人の日本人(もっとも南部陽一郎は米国籍だが)のノーベル物理学賞受賞と同じくらい日本中が湧きかえった。いや多分それ以上だったろう。当時、日本は第二次世界大戦の敗戦国として“三等国”という、有り難くない名前が誰の頭の中にも存在し、精神的に打ちひしがれていた。そんな時、湯川秀樹のノーベル賞受賞の知らせは、“三等国”の汚名返上という意識を国民一人一人にもたらし、これがその後の日本の奇跡的復興につながって行く。多分当時の日本人の多くは“中間子”などと言われても皆目分からなかったろう。今、湯川秀樹の中間子を見つめ直すと、その先見性の鋭さには驚かされる。現在、物理学者は、4つの力(重力、電磁気力、弱い力、強い力)を統一させる理論の構築に向け全力を挙げている。ニュートンが万有引力の法則を発見し、地上の力と天体の力を統一し、その後、これがアインシュタインの一般相対性理論へとつながる。また、マクスウェルが電気と磁気を統一して電磁気学を生み出し、次に、朝永氏一郎とシュインガーにより量子電磁気学が生み出され、さらにワインバーグ、サラム、グラショウによる統一理論によって、弱い力を統一することに成功する。これには、ヒッグスメカニズムが絡む。そして現在、電気力、電磁気力、弱い力を統一させた統一理論と強い力を統一する大統一理論の完成が待たれている。

 湯川秀樹の中間子理論こそは、強い力そのものである。今、原子核の究極の素粒子はクォークとなっているが、クォークのずっと前に湯川秀樹は中間子理論に行き着いた。要するに強い力で中性子を相互に結び付ける、当時の最先端を行く理論の提示であったのだ。そして今後、強い力は、量子色力学の理論を介して、電磁気力と弱い力とが統一された「大統一理論」へと行き着くだろうと言われている。この量子色力学についても南部陽一郎は大きな貢献を果たした。日経サイエンス2015年10月号で大栗博司カルフォルニア工科大学理論物理学研究所所長は「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」で、南部陽一郎の貢献を次のように紹介している。「クォークは3つの『色の自由度』を持つと考えられており、この色が電磁気における電荷に対応する役割を果たしています。この色の自由度を導入したのが南部先生でした。また、電磁場が電荷に反応して電磁気の力を伝えるように、色の自由度に対応する『ゲージ場』と呼ばれる場を考えて、これが伝える引力のためにクォークが陽子、中性子、中間子などを作ると提案されています。・・・素粒子実験で観測されていた『漸近的自由性』という現象を説明するものであることが確認され、強い力の基本理論として確立しました」。驚くべきことに、南部陽一郎は、「対称性の自発的破れ」の理論によってヒッグス粒子発見の切っ掛けをつくりだしただけではなく、将来、完成が待たれている、「統一理論」と強い力を統一する「大統一理論」のもとになる、強い力のゲージ理論でも大いに貢献したのだ。

 さらに加え南部陽一郎が凄いのは、最終的に4つの力を一つにすることが可能な理論ではなかろうかと、今、世界の素粒子物理学者が熱い期待をかけている超弦理論のもととなる、弦理論をいち早く提案したことだ。南部陽一郎が弦理論を打ち出す前には、究極の物質は点状粒子であると考えられていた。ところが究極の物質が点状粒子であるとすると、計算上無限大の解がが出てきてしまい、これが長年にわたって素粒子物理学者を悩ませてきた。そこに南部陽一郎が「究極の物質は点状粒子ではなく、振動するひも状粒子がいろいろな形態をとる」という、それまで誰もが考えつかなかった、全く新しい発想の弦理論を提唱したのである。そして、南部陽一郎の弦理論をもとに、電子やクォークなどのフェルミオンまで拡張した超弦理論が生み出された。何故、超弦理論が今、熱い視線を浴びるのかというと、超弦理論こそニュートン以来物理学者の夢だった、4つの力を一つに集約する切り札となる理論ではないだろうかと考えられているためである。「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」で大栗博司は、最後を次のように結んでいる。「南部先生は独創的なアイデアと長期的な展望によって前人未到の分野を開拓し、素粒子物理学の流れを変え、新しい基礎を築いてこられたのです」。この記事には、南部陽一郎にまつわる、貴重な、興味深い写真も多数掲載されている。南部陽一郎は米国籍で生涯を終えたが、これらの写真を見ると、研究の出発点となったのは日本であったことがよく分かる。冒頭に「南部陽一郎が成し遂げた業績は、“ニュートンの業績にも匹敵する”」と書いたが、このことを疑問と思う方は、この大栗博司著「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」を、是非一度読んでいただきたい。
(勝 未来)

『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ◆科学技術テレビ番組情報◆NHK... | トップ | ★炭素ニュース★名大、カルボ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

   物理」カテゴリの最新記事