散文的で抒情的な、わたくしの意見

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田川健三さんの「書物としての新約聖書」は、物理的に重い。

2017年06月13日 | 日記
田川健三さんの「書物としての新約聖書」を読んでいます。

ほとんど難解なところはなく、非常に読みやすいのですが、「物理的に重い」のです。

700ページあって、単行本。ベッドで読むには「支え」ないといけないわけで、手が疲れます。

調べてみるとこの方、西洋思想史の大家で、吉本隆明さんのことをボロクソに書いた本などを出しています。愚劣な男などと言っている。

僕も吉本さんのカリスマ性に幻惑された人間ですが、今の考えでは、あれは全部小説なんです。「悲劇の解読」なんかはわかりやすい小説ですが、

「共同幻想論」も「言語にとって美とは何か」も、「思想書」「学問書」ではなく、小説。

思想があるとすると、「難しい言葉を使え」「人と同じことを言うな」「孤立しろ」てなところでしょうが、小説として読むべき書物です。柄谷行人さんの本も同じです。小説。

さて、田川さんの本。実に詳しく書かれていて、自分の説か人の説の引用かもはっきりと書いていて、

読んでない本は「読んでないからわからない」と正直に書いている。

吉本さんとは違ったカリスマ感があります。正直でわかりやすい。人の功績は自分の功績には決してしない。好感がもてます。

でも重いのだけはなんとかしてほしい。350ページで分冊して、上下刊行すべきです。この「厚み」だけは「やや権威的」で好ましくありません。

「寝ながら読む本じゃねえぞ」という威圧を感じます。

内容に触れるのは今はよします。全部読んでないし。

加藤隆さんの同門で先輩みたいです。加藤隆さんは田川さんの名前をほとんど出さないけど、加藤さんの「ごく初期の著作」は、ほとんどこの本のパクリというかリスペクトです。

でも加藤隆さんの本の方が読みやすい。なぜって適度なページ数だし、文庫や新書だからです。いい本だけど、重いのだけは勘弁してほしいなと思います。
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