90才まで生きてやる!

毎日楽しく生きる日刊ブログ

子どもの頃からずっとビンボ~症なのだ、という話。

2017年02月22日 | 人生クラブ
貧しさを実感したことがある。
小学生の頃、友だちの家に遊びに行った時のことだ。

友だちの家を見てビックリした。
壁がうすい板切れ一枚なのだ。
外壁も内壁もいっしょのたった一枚。
それも柱をつくるときに出てくる切れ端が張られていた。

家の中に入ってまたビックリした。
小さなちゃぶ台と小さな食器だな、そして、小さなタンスがあるだけだった。
布団は部屋のすみにぺたんとたたまれていた。
押入れがなかったのだ。
テレビで見る、江戸時代の長屋生活みたいな感じだった。

もっとビックリしたのは、家の中は半分が土間で、その土間でお父さんが魚を焼いていた。
煙がもうもうと部屋に充満した。
お父さんは寒い冬だというのに、あきらかに防寒着ではない、背広のようなものを着てふるえていた。
それをすごく印象的に覚えている。
ああ、外も中も同じように寒かったんだ。

友だちはごく自然に家に入れてくれた。
しかし、友だちのお父さんは「外で遊べ❢」と言って、すぐにボクたちを外へ追い出した。
昭和の頃は子どもたちは外で遊ぶのが当たり前だったのだ。

それきり友だちの家に行くことはなかった。
学校ではいっしょに仲よく遊んだけれど、もう二度と家には呼ばれなかった。
寒い冬になると、なぜかこの話を思い出す。

昭和30年代はみんな貧しかったように思う。
今ほど天と地のような格差が目立たなかったころだ。
それでも、お金持ちと言われる人たちがいて、貧乏人がいた。

生まれてからずっと借家住まいだったワタクシは、「大きくなったら自分の家に住みたい❢」と強く心に願うようになった。

願いがかなって持ち家に住めるようになったが、寒い冬も、コタツ、エアコン、いっさいの暖房を切って暮らしている。

それは・・・ただ光熱費がかかるのをおそれているからだ。
子どもの頃からずっと、ビンボ~症なのだ。
アハハハハハ・・・
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