医療・介護を支える継続企業の知恵袋          ㈱Kaeマネジメント 代表取締役 駒形和哉

経営者に必要な要素であるK(知識)A(能力)E(経験)を表します。Kaeマネジメントはお役に立つ知識の提供を目指します。

玉ちゃん やるねぇ!

2011-03-31 07:23:47 | 薬局
こんな時だから真価が問われる。

今回の大震災で東京都内の医療機関も混乱状態にある。
医薬品が思うように手に入らない状態や計画停電などの対応に追われているらしい。
そんな中で、医薬担当者情報センターに29日ひとつの苦情が入ったとのこと。
リスファックスの記事から「相変わらず自社の医薬品についてのみ宣伝するなど状況を把握していないMRがいた」
「ガソリン不足で医師・職員も自転車通勤に切り替えているが、MRは相変わらず車で訪問していた」と言うものである。
確かにありそうだ。

こんな内容もあった。
全ての製薬メーカーの対応がそうだとは思わないが、多くの企業がMRの自宅待機、県外退避を指示しているらしい。
地元卸は身の危険も顧みず頑張っているのに。
まれなケースだと思うが、「電話やメールによる情報提供活動を行なっている企業もあるが、なかには医薬品供給が維持できるか否か、依然として切迫した状況に直面している現地卸に対し、ライバル製品の納入実績を尋ね、その場で一喝されたMRもいた」とある。
これを凄いMR魂と言えるだろうか。
既に、原発から100Km以遠への退避を社員に命じたメーカーもあるとか。
100Kmとは、その地域の住民を捨てたようなものだ。

こんな時だから分かることがあるような気がする。
今、何をしなければならないのか、それは今まで製品を使ってくれていた医師や医療機関、そして患者に必要な医薬品が届くための活動が必要ではないのか。
自宅待機や県外退避で何をするかと言うと、どうやら専ら製品や学術研修に時間を割いているらしい。

工場が災害にあった会社もある。
であれば、そこで一日も早く復旧できるように手伝うとか。
地元医薬品卸に出向いて配達をサポートするとか。

きっと目立たないところでやっているのだろう。
私が知らないだけだ。
そう信じたい。

でも、こんな視点で記事を書くリスファックスは面白い。
玉ちゃんとは、リスの編集長だ。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ





コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

桜満開

2011-03-30 06:59:57 | 薬局
最後のチャンスに桜咲く!

薬剤師国家試験も今回で96回になる。
以前は年2回実施されていたが、今は貴重なチャンスは1回となっている。
そして、今回は4年制の薬剤師としてのラストチャンスである。
来年からは6年制薬剤師の試験になる。
受験された方は凄いプレッシャーだったと想像出来る。
試験の合格者は、本日の午後2時に厚生労働省並びに地方厚生局及び地方厚生支局にその受験地、受験番号を掲示して発表される。
出来れば受験者全員の合格を祈る。

へんな話であるが、今回の受験に失敗した場合はどうなるのか。
どこかで2年分の補修が可能か?
そんな事にはならないであろう。
そうなるとかなり厳しい。

今さら、さらさらな話であるが、なぜ6年制にしたのか分からない。
薬剤師の臨床における能力を強化するため実務実習の時間を多く確保しているらしいが。
実際の実習の場では、資格のない学生が調剤をするわけにはいかない。
もちろん服薬指導も出来ない。
ただ見てるだけ。
学生もいたたまれなくなる。
アメリカだったと思うが、同じ様に学生に実習が行われている。
しかし、ここでは調剤も服薬指導も電話による処方内容の変更も可能だ。
但し、薬剤師の管理下となっている。
これなら臨床経験として身に付く事であろう。

さてさて、泣いても笑っても今年度の薬剤師の合否が発表される。
桜が咲いた方はおめでとう!
そうでなかった方は…自分に向いていなかったと薬剤師を使う経営者になろう。
医療法人と異なり薬局経営者は薬剤師でなくても可能だ!


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新人は新人

2011-03-29 05:26:53 | 薬局
6年制薬剤師の受け入れ。

いろいろな方から相談があるのが、来年から新規採用になる6年制の薬剤師の処遇がある。
今までの薬剤師との給料や処遇の格差に苦慮している。
皆さんはどの様にお考えであろうか。

私が社長ならこんな考え方をするかもしれない。
6年制の薬学部を出ても、所詮新人は新人である。
実際の調剤や患者とのやり取りが出来るわけもなく、即戦力とは行かない。
新人薬剤師も何をやっていいのか不安だらけであろう。
大学で習った医薬品と名前も量も異なる。
何よりもどこにあるのか探すだけでも大変だ。
そうは言っても2年余計に勉強してきた分を評価して、手当として先出しをしてはいかがであろうか。

例えば4年制薬剤師が3年経過するとかなり使いものになる。
その3年後の賃金モデルをベースに考えるのである。
例えば3年勤務の薬剤師の給与が、入社時の基本給プラス3年間の昇給分とすると、この上乗せになった昇給分を調整給として、6年制薬剤師に上乗せする。
従って、6年制薬剤師の給料の総支給は4年制薬剤師の3年勤務と同様となる。
但し、調整給は基本給ではないのでボーナス時の評価には反映されない。
さて、この調整給であるが3年間で基本給に組み入れていく必要がある。
結果として3年後には調整給がなくなり、基本的には3年後は6年制も4年制も同じになる。
3年後からは能力給で差が出る仕組みも必要だと思う。
いつまでもエスカレーター方式で年齢が同じであれば、給料も同じではいい人材が逃げてしまう。

この前提となるのが会社における人事考課制度の整備である。
薬剤師の採用は中途採用が多い。
中途採用の給与は前職との比較になると思うが、これでは新人から育ててきたいい人材が割を食う可能性が出てくる。
地区事情もあり薬剤師の確保が難しいとは思うが、そろそろ本格的な賃金規定と人事考課制度の導入が必要だ。



目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

3年6組

2011-03-28 07:35:17 | 薬局
修学旅行に連れて行くかどうか…。

昨日の金八先生を見ていて思い出した。
それは高校3年のホームルームの時間だ。
担任の先生が「今日のテーマは、修学旅行に3人の生徒を連れて行くかどうかを話し合って欲しい」であった。
3人とは私を含めての3人だった。
実は、この少し前に他校の生徒といざこざがあり、その張本人として3人が当直室に呼び出され、授業も出ずに1時間正座させられていた。
仲間の一人が暴行を受けて、そのグループと我々グループの果し合いであった。
昔はこんなことがあったものだ。
両校15名前後のかなり大人数でのにらみ合いが駅近くに広場で行なわれていた。
その時、1台の白い自動車から「こら!お前ら何やっているんだ」と怒鳴られる。
これが登校の先生だった。
これにより各自蜘蛛の子を散らすようにその場から離れた。
それで担任が3人を呼び出し「他に誰がいたか言え」と尋問する。
3人はただひたすら「我々しかいませんでした」と言い張った。
既に10数名がいたことは知られているのに。

さて、ホームルーム(今ではこんな呼称じゃないかもしれない)であるが、先生からの問題提起にしばし沈黙が続く。
その内に1人の女性が「あの3人がいないと修学旅行が楽しくありません」と意見が出た。
ところで、3人は誰とは特定されていない。
にもかかわらず、「あの3人が」であった。
もちろんあの3人には発言権はない。
それからクラスのみんなが「一緒に」と言ってくれた事を思い出した。
お陰さまで修学旅行に行けた。

今でも同級生が集まることがあるが、先生を呼んだことがない。
そして、3人のうちの一人は不動産鑑定士に、もう一人は高校の教師になっている。
教師になった彼はカンニングを見つけるのが上手い。
試験の時は私の横で、いつも私の答えを待っていた。
彼の実践が今役に立っているようだ。

3年6組は私のクラスだった。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今出来ること

2011-03-27 11:03:05 | 薬局
俄然やる気が出る。

さて、自慢話に聞こえるかもしれないがこれは事実だ。
札幌に戻ると、待っていましたと営業が得意先に「当社には経営の専門家がいます」となる。
まだ28歳のおにいちゃんがだ。
俄か作りの知識を携えての訪問は、夜中の猛勉強があったからだ。
昼らの訪問は医療法人制度についての説明だ。
3時頃に、むくっと起き出し、昼までの勝負が続いていた。
この頃から朝は夜明けとともに起きる癖がついた。

33歳になった頃、友人が「宅地建物取引主任者」を受験すと相談があった。
それを聞いて何だか自分も挑戦してみたくなる。
診療所の新規開業をかなり手がけていて役に立つと思った。
先ず、試験日を調べる。
その試験日まで資料を買い揃える。
今日が試験日だという日を待って翌日から勉強を始まる。
ちょうど1年になる。
これは意外に難しかった。
慣れない法律関係に悩まされながらも、見事に1年で合格した。
ここでも使わない頭がギブアップした。
しかし、1年置いて次に挑戦したのが「中小企業診断士」だ。
これには3年を要した。
受験期間は3時間以上寝ないと決めていた。
さすがに3年はきつかった。
脳みそが弾けそうになる。

冒頭にも書いたが、この30代があったので今がある。
本を読んだお陰で幅広い知識を得ることができた。
この知識が知恵となっていると思う。
二つの国家試験を通じて自信が付いた。
何と言っても国家試験は全国レベルへの挑戦だからだ。

40代になって、これも社命であるが調剤事業と介護事業の社長を任された。
この30代がなければ乗り切ることは難しかったかもしれない。
社長の仕事は決めることだったからだ。
この判断材料は30代に養った経験である。

そして、今がある。
二度と来ない30代を有意義に過ごしてほしい。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自分磨きのチャンス

2011-03-26 07:03:47 | 薬局
30代に望むこと!

30代は人生において大事な時である。
きっと40歳からの自分のあり方が決まる世代ではないのか。
私は40歳まで自分磨きをすると決めた。
ささやかではあるが自分と家族を守るために。

自分磨きは、先ず本を読むことから始めた。
少ない小遣いを使いながらビジネスに関する本を出来る限りたくさん読んだ。
それでも毎月5~6冊程度しか読んでいない。
その内に選ぶ本の探し方を覚えた。
何のことはないビジネスブックのランキングから選ぶのだ。
それからはランキングの上位を順に読むことにした。
これはかなり効果ありだ。

28歳から医薬品卸の中でコンサルティング部門を立ち上げた。
立ち上げたと言うより、先見性のある専務(現社長)が私に新分野として指名してきた。
お陰で、それ以来寝る暇もないくらい勉強することになる。
何と言っても当時の卸にはそんな部署はほとんどなかった。
見本がないのだ。
活動は大阪のコンサルタント会社への3ヶ月の研修から始まった。
初めての大阪は梅雨時でもあり、なんともうっとおしい限りだ。
梅雨が終わると北国の田舎者を待っていたのは猛暑である。
黙っていても汗が流れる。
38度は体温か!

この時、初めて「知恵熱」を経験する。
普段使わない頭を強制的に使うと熱が出る。
これもいい経験をさせてもらった。

6月18日に起きた「豊田商事会長刺殺事件」は、研修を受けていた事務所の2つ隣のビルであった。
そして、いよいよ研修も終盤となり、帰りも近い8月12日には「JAL御巣鷹山墜落事故」があった。
因みに、この年(1985年)の1月26日には、私が寝泊りする江坂のホテルの近くで山口組4代目組長(竹中)がマンション前で射殺されていた。
そんなこんながあったが、無事に8月20日に札幌に戻ってきた。
札幌駅に向かいに来た奥さんは次男坊をお腹に、長男坊は1歳半だっただろうか。
ここから私の人生が大きく変化した。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

薬剤師さんに相談しよう!

2011-03-25 08:04:52 | 薬局
これでいいのか?

「厚生労働省許可 特定保健用食品」なるものとは、一体なんだろう?
厚労省のホームページによると、『「特定保健用食品」とは、からだの生理学的機能などに影響を与える保健機能成分を含む食品で、血圧、血中のコレステロールなどを正常に保つことを助けたり、おなかの調子を整えるのに役立つなどの特定の保健の用途に資する旨を表示するものをいいます。』と定義がなされている。
で、これはあくまでも食品である。
行政が示す表示は国民にとって分かり易さが欲しい。
OTCの3分類も国民にとって分かりづらいような気がする。
何に「特定保健用食品」は薬なのか食品なのか。
もちろん食品であるが、食品なら食品らしい表示があるのではないか。

以前にも書いたが「血圧が高めの方へ」と大きな表示があると薬のように感じないか。
「血糖値に豆鼓エキス」も同様である。
日経新聞の一面広告にあった。
確かに効くとはどこにも書いていない。
でも、「大学との研究により発見された」「豆鼓エキスで血糖値を穏やかに」の表示は、その後の言葉を連想させる。
面白いのは「血糖値管理は簡単ではありません。何年も続けてきた生活習慣の見直しは大変努力が必要だと感じています」納得!
「だから無理なく始められる 特定保健用食品をおすすめしたいのです」
なかなか素晴らしい。
確かに、生活習慣を変えるのは難しい。
私も週2回の休肝日など夢のまた夢である。
糖尿病薬を服用していても生活習慣には十分な注意が必要…にもかかわらず。
「無理なく始められる」の表現は「無理なく血糖値が下がる」ってことか?
その横に示された糖負荷試験の折れ線グラフがある。
確かに優位さを認める素晴らしい抑制グラフになっている。
これは効きそうだ。
そして、グラフの下に小さく(サンプル数=08人)となっている。
08人の0の前の数字が印刷の関係かどうか表示されていない。
これがちょっと残念だ。

こんな素晴らしい食品は「特定保健用食品」ではなく漢方エキス剤として医療用医薬品又はOTCの第2分類に入れて欲しいと願う。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

誇大広告ですが

2011-03-24 05:21:51 | 薬局
元同寮はありがたい!

昨日、札幌から東京に戻ってきた。
千歳空港は雪がまっている。
北国の春はまだ遠い。
前日は元同寮と久方ぶりの飲み会だった。
お互いに見た目はおっさんだが飲みっぷりはやんちゃだ。
お陰様で、朝から吐く息に火がつきそうだ。

そして、昨日は介護関係で知り合った「全国介護事業者協議会 北海道支部」が主催する「介護事業の承継と後継者育成」セミナーに講師として呼ばれていた。
持ち時間は90分である。
今回は、ここで話をするためにいろいろ事業承継について調べてみた。
中小企業の代表者(社長)の平均年齢は57歳だ。
そう言われると薬局の社長もそんなものではないか。
そして、社長の引退年齢は67歳となっている。
社長の賞味期限10年と言ったところだ。
また、生存率と言うのがある。
59歳から急激に落ち始め90%となる。
生存率が何だか良く分からないが、59歳になると10%は亡くなる事を意味しているのであろう。
そう言われると60歳前後で亡くなった方が多いと気がつく。
これが68歳で80%、73歳で70%となっている。
ここから先は釣る瓶落とし状態でかなりヤバイ。

これらの数値が示すように、60歳前後は事業承継の準備が必要な年齢だということらしい。
いつまでも俺が、俺がでは老害となってしまう。
まだまだと準備を怠ると、ある日突然が襲ってくる。
「俺の目が黒いうちは」お家も安定かもしれないが「俺の目が白くなったら」お家騒動の元になる。
全国の家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割調停件数は年々増加傾向にある。
遺産相続で「なんか変だな」と思ったら、簡単にネットで検索ができる。
「ほら、私にももらえる権利があるじゃない」となりやすい。

後継者が決まったら事業承継計画を立てるべきである。
もちろん社長の引退時期も明確に示さなければならない。
そして、後継者育成は時間をかけて行なう。
それと同時に、社長も次の楽しみが見出せるためのリハビリも欠かせない。
いつまでも「仕事一筋」などと言っていると世間から取り残されそうだ。

そこでだ!
後継者(ネクスト)のための育成研修「ネクスト経営塾」もやっています。
講師は、薬剤師で医療・介護に精通し、経営についても実際に薬局と介護事業を経営者として成功し、コンサルティングスキルとして中小企業診断士でもある人です。
社長の気持ちは社長経験者じゃなきゃ分からない。
と、手前味噌である。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

うぅ~ん!

2011-03-23 07:50:53 | 薬局
生き物は全て管になっている。

どんな生き物も口から食物を入れてお尻から出す。
単純ではないが管になっている。
その管を通り抜ける間に、食べたものが変化して、最終的に便となって排出される。
驚くのは何を食べても同じ様に変化して出てくることである。
実に巧妙だ。
またに、美人は…とバカな事を考えてしまう。
でも、例外はない。

今回の被災地で食料と水の不足が大きく取り上げられているが、実は排泄に関する問題も大きいと思う。
先ず、水が出ないので水洗便所は小用しか使えない。
どの様になっていたのか知る由もないが、かなりの不便さを強いられていたことは想像できる。
きっと我慢しているのではないのか。
我慢に我慢が重なり、水不足もあって苦しんでいると思われる。
食べ物や水は欲しいと言えるが、排泄については声を出しづらい。
そこに気づいて配慮する必要を感じた。
既に、何らかの対応はなされているのだと思うが。

日常性の欠如から来るいろいろな問題は、実際に遭遇してみないと理解できない。
今回の被災地でのご苦労をしっかり受け止めて、あってはならないと思いつつ、今後の備えにしなければと思う。

遠慮しないで下さい。
大切なことです。

それにしてもいつまで続くのだろうか。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

良かった、良かった

2011-03-22 08:20:34 | 薬局
雪明りの夜明け前。

外は暗いが何となく違う。
カーテンを開けて外を見ると、何と雪が積もっていた。
雪明りだ。
北国の春は三寒四温でゆっくりやってくる。
でも、必ず季節は巡ってくる。

昨日、大学の先輩から電話が来た。
震災以来、ずっと病院に泊り込んでいて、今日やっと石巻の自宅に戻ったそうだ。
津波の被害は少なく、ただ家の中はゴチャゴチャだったそうだ。
様子を見て、また病院に戻るらしい。
医療人として自らの事を思う時間はない。

病院は16mの高台にある。
それにもかかわらず病院の1階部分が津波にのみ込まれたらしい。
その後、患者が津波の様に押し寄せたと、いつもながら明るく語っている。

未曾有宇の災害であるが、少し明るい話題も出てきた。
知人、友人からも無事の便りが確認できた。
良かった、良かった。

夜明け前が一番暗いというが、その暗さから少し脱する兆しが感じられる。
復興に向けて多くの方が昼夜問わず活動をしている。
人間って凄い。
そして、その凄さがあれば必ず日は昇る。
前を向いている限り前に進む。
好きな言葉に「君よ、朝のこない夜はない」がある。
いつもそう信じてやってきた。
夜明けは近い。


目指すは薬学ブログ第1位
こちらもお願いします!
人気ブログランキングへ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加