遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『決戦! 桶狭間』 冲方・砂原・矢野・富樫・宮本・木下・花村  講談社

2017-04-19 14:09:14 | レビュー
 群雄が割拠し沸き立つ戦国時代の形勢を大きく転換させていくエポックメーキングとなった一つは、なんと言っても「桶狭間の戦い」である。史実は今川義元が率いる今川軍の大軍が、桶狭間と呼ばれる地で、織田信長率いる織田軍の小軍に敗れたということである。桶狭間の戦いを誰の立場、観点から眺めるかで、この戦いの姿・形とその陰翳が大きく異なることだろう。その結果に、それぞれの人間がどのようにコミットメントしていたかである。合戦に参加した大半の武将が予想した結末に対し、戦国最大の逆転劇が起こったのだ。まさか、あのうつけと評判だった信長が勝つなんて・・・・・。
 桶狭間という合戦の空間にコミットした群像の行動と思考・心理を様々に異なる視点から切り取ったそれぞれの短編の余韻が混淆して「桶狭間」が描き出されていく。この競作集もやはりおもしろい。

 小和田哲男著『戦国合戦事典』(PHP文庫)を参照し、史実レベルでのこの桶狭間の合戦を俯瞰し、ポイントをまず押さえておきたい。
 WHEN : 永禄3年(1560)5月
 WHERE : 桶狭間 現在の地名では、名古屋市緑区有松町一帯
       なお、豊明市栄町に「桶狭間古戦場伝説地」の碑が立ち史跡公園がある
 WHO : 今川義元 VS 織田信長
 WHY : 今川義元は駿河・遠江(静岡県)・三河(愛知県)三カ国の戦国大名だった
      永禄3年5月8日、義元はかねてから念願の三河守に任ぜられる。
      それまでに、尾張国(愛知県)に進出を始めていたが、一部の領国化を狙う
      織田信秀の死後、継承した信長は永禄2年段階で尾張の大半を統一した状態
HOW : 今川軍 義元本隊が5/12に駿府城を出発。
          5/19早暁、松平元康(=家康)が丸根砦、朝比奈泰能が鷲津砦を一斉攻撃
          この緒戦において織田側の2つの砦が陥落する。
          5/19 義元本隊は沓掛を出て、大高城への進軍中、田楽狭間付近で休息する。
      信長軍 総力は5,000人規模。領国への配置を考慮すると、この時実働2,000人規模
         通説は迂回による奇襲説。近年、今川軍への正面攻撃説の提起あり

今川軍は『信長公記』で45,000、『北条五代記』で25,000と記されている。今日では「兵員総計凡二万五千。号して四万と称す」(『日本戦史』参謀本部編)が通説だとする。

 それでは、この競作集のおもしろさ、読後の印象を所載の順にご紹介したい。

<覇舞謡> 冲方 丁

 永禄3年5月19日、黎明の頃、織田方の砦に敵急襲の報せを受けた信長が、幸若舞の「敦盛」を自ら謡い、舞う場面から書き出される。信長27歳、尾張国内で下克上を果たし、領国を手中にしたばかりの段階である。著者は、信長が「敦盛」を謡いながら、その詞章とは対極の心理にあると描いて行くところがおもしろい。併せて、今川義元と面識のない信長が、義元を互いに理解し合っている存在と感じていると描いていく。義元という存在に信長が敬意を抱いていたと。「稀代の為政者であり戦上手たる今川義元を、この自分は、どうにも敬してやまないようだった。それゆえにこそ、勝つ」とい苛烈な一念につき動かされていく。興味深い視点である。
 熱田神宮での参集を、信長の理知的合理的な計算ずく、己を含め全軍を神懸かりの状態に高める仕掛けづくりの場と描いて行くところに納得度がある。
 著者は、桶狭間の戦いを信長は義元本隊への正面からの総攻撃として描いて行く。天候の急変を味方に付け、今川義元の首を獲るということだけを目指した攻め、己を含めた神懸かりの攻めを描き出していく。その一方で、「よいか、敵が攻めてきたときは退き、敵が退いたときは攻め寄せよ。これが戦の常道である。その常道をしっかり守れる者が、多くの敵を追い崩すことができるのである」と信長に言わしめているのが心にくい。この地に至るまでの行軍と戦いに疲れ切っている敵と未だ疲れのない新手の自軍。体力的な差がないという合理的判断の上での勝負という流れの描き方はやはり巧みである。

<いのちがけ> 砂原浩太朗

 知らない名前の作家だなと思い、奥書を読むと、この収録作がデビューになるそうだ。この作品で第2回「決戦!小説大賞」を受賞したという。
 『織田信長総合事典』(岡田正人編著・雄山閣)を引くと、「14歳で信長に仕えたが、永禄2年(1559)に信長の同朋衆拾阿弥を殺害した罪で出仕を止められた。だが、4年の美濃森部の戦いの武功により罪を許される。同12年家督を継ぎ荒子城主となった」とある。この小説では、信長から出仕を止められていたはずの前田利家が桶狭間の戦にどう関わったかを描き出していく。それも、尾張を出奔し、三河の御油の郷士の館に身を寄せる境遇に居て、尚かつ利家の家来として付き従っている村井長頼の目から描いて行くところが一捻りされていておもしろい。
出奔した利家がどういう意図で行動していたか、仮寓した館の、戦で夫が死に戻っていた館の女、みうに対するほのかな長頼の思いがテーマになっている。そして、桶狭間での利家の行動が描かれている。敵の首を持参し、戦場で利家は信長に拝謁する。が、帰参は叶わず。だが、その後、長頼は利家からある事実を伝えられるということに。断片的な事実に、著者の想像力が巧みにストーリーを織りなしている。

<首ひとつ>  矢野隆

 「通説によれば、義元は服部小平太忠次に一番槍をつけられ、毛利新介良勝に首をはねられてしまったという」(『戦国合戦事典』)この通説が一つの短編小説としてヴィヴィッドに描き出されている。「首ひとつ」はまさに信長の目指した一点、義元の首である。その首級を獲ることが大軍今川を瓦解させる突破口なのだ。義元の首を獲るためだけに、捌きが容易な短い馬上槍を縦横に駆使して、戦場を一直線に駆け抜けていく毛利新介を描き切る。生きているという実感を感じながら戦う新介の姿が活写されていく。その新介と行動を共にするのがライバルの小平太である。小平太の要領の良さに怨嗟にも似た感情を抱きつつ、小平太に先を越されぬよう行動する新介の心理を巧みに織り交ぜながら、著者は戦闘シーンを重ねていく。新介と小平太は、餓鬼の頃から信長に仕えてきた男たちである。
 この短編を映像化したら、凄まじい個働きの戦闘シーンが重ねられていき、凄惨な迫力が義元の首を断ち切る場面に連なることになるだろう。
 『織田信長総合事典』、毛利新介良勝は、桶狭間の戦いでは信長の小姓として従軍していたようだ。余談だが、後に信長の側近の一人となる。本能寺の変の時は、二条御所で討死したという。服部小平太は、この事典では服部春安として収録されている。信長時代の動向は不詳。後に秀吉に仕え、秀次事件に連座して切腹して果てたという。

<わが気をつがんや>  富樫倫太郎

 松平竹千代(後の家康)は今川の人質として駿府に送られる途中、織田方に奪われた。その2年後、三河松平家の当主広忠、つまり竹千代の父、は家臣に殺されて24歳で亡くなる。竹千代は信秀の長男・信広との交換で、駿府、今川の人質になる。著者はその人質交換の策を義元の軍師である太原雪斎が立てた経緯から書き出していく。この短編小説は駿府に於いて竹千代が太原雪斎の薫陶を受けたことの重要性を軸にして展開する。元服して松平元信と名乗り、桶狭間の戦いでは、5月18日に「大高兵糧入れ」という手柄を立て、義元の命を受け、丸根砦の総攻撃で砦を陥落させる。その遠因は雪斎の薫陶があったと描いて行く。
 この小説のサブテーマは2つあるように思う。一つは今川の人質になった竹千代が義元の嫡男・氏真に対面する場面から始まる確執である。元服した後、瀬名という3つ年上の妻を元信が娶ることになる。瀬名は義元の姪にあたる。その確執は瀬名にも影響を及ぼしていたと描いて行く。家康が正室を冷たくあしらっていた遠因が理解できる。もう一つは、太原雪斎の薫陶が、最後は雪斎の元信への遺言「何能紹吾気哉(何ぞ、よく、わが気をつがんや・・・・)」となる。この遺言の解釈の転換がこの小説のキーポイントになっていると思う。
 後に大成する徳川家康のバックボーンが、竹千代時代の織田・今川両家での人質生活と太原雪斎の薫陶にあったということは興味深い。鮮やかにその視点が切り出されている。
<非足の人> 宮本昌孝 

 今川義元が正式な三河守叙任の祝宴の場で、義元の嫡男・氏真、23歳が、大広間中央に置かれた台盤の上に、直衣狩衣姿、革沓を履いた姿で立ち、右足で白い鞠を蹴り上げ、回数を重ねていく場面から描き出されていく。著者は氏真と蹴鞠の関わりを克明に描き込んで行く。京の貴族社会に伝わってきた蹴鞠がどういうものであったかを知るには格好の小説である。ストーリーを追いながら、蹴鞠についてかなりの知識を得ることが副産物となる。それほど、氏真が貴族社会の生活様式と蹴鞠に耽溺して行ったということでもある。 祝宴の席で、明後日に先鋒軍を率いる大将を命じられた井伊信濃守直盛が、蹴鞠に見入る一堂の姿に業を煮やし、怒りを爆発させる。その結果、氏真は沓懸城まで腰輿に乗り従軍することになる。そして、義元が桶狭間山で敗死した報せを受けて、武田信虎の先導で駿府に撤退するまでの経緯を描いていく。武将としては無能だった氏真の生き方が描き込まれていく。生まれてくる世を間違えた男の若き時代を巧みに切り出している。著者の語りたかったことは、末尾の一行に凝縮していると感じる。
 「鞠足としては上足でも、武将としては非足の人生であったというべきか。」

<義元の首> 木下昌輝

 「武士として恥じぬ生き方」を貫き通す岡部小次郎、後に岡部”五郎兵衛”元信と名乗る武将の視点から桶狭間の戦いを切り取っている。「武士として恥じぬ生き方」が他者から見れば奇妙な生き様とも受け取れるところを描くのだから、おもしろい。
 短編小説でありながら、岡部元信の行動ステージの要所を巧みに綴り、その人生を描いている。描かれたステージを箇条書きにすれば、タイトルへの繋がりが見えるだろう。
 *今川氏照と弟彦五郎の謎の急死後の家督争いが共に出家していた兄弟間で起こる
   栴岳承芳(後の今川義元) VS 玄広恵探(義元の兄)
   岡部美濃守の養子である小次郎は大義がないとして玄広に返り忠をする
 *負け戦となる玄広の切腹を介錯し、玄公の今川家存続の為の遺命を受け義元に帰参
   潔い忠義に感心したと老忍者が小次郎の身辺に現れ始める
 *桶狭間の戦いでは、今川軍の勇将として、鳴海城にて采配を振るい、戦局を読む
 *桶狭間の戦いの持つ真の意味を岡部元信は理解していく
 *信長に講和を申し出て直接交渉し、主の仇を討つことと引き替えに義元の首を得る。 *刈谷城を夜襲し、刈谷水野家の藤九郎信近を討つ。
   この城攻めを助けるのが老忍者の配下の忍びの一団である。戦場の戦死となる。
このストーリーの興味深いところは、岡部元信の武将としての戦略眼と能力が、桶狭間の戦い後の信長の戦略を読んでいて、今川家の将来も見通していながら、「武士としての恥じぬ生き方」を貫く点である。信長が元信の生き様をうまく戦略と合理的計算づくで利用することにある。この老忍者が最後に元信に名を明らかにするところが、おもしろい落とし所でもある。この老忍者の介在は著者のフィクションなのか、史実が残るのか、興味深い箇所である。

<漸く、見えた。>  花村萬月

 髻に首札を括りつけられて供饗に載せられて信長の面前に首実検に晒された今川義元の首が、その状況を見つめるという視点と、己を回想する視点を織り交ぜて語り継ぐという奇抜な発想での短編小説であり、ユニークな独白、語り物となっている。
 この短編小説の面白さをいくつか列挙しておきたい。
 *義元の独白、語りだからか、20ページの全編が読点で区切られるだけであること。
 *句点がない、段落もないという小説を私は初めて読んだ。読み始めの一瞬唖然と。
 *人の思いは転変錯綜する。論理的筋道立つことは少ない。文体にそれが使われる。
  読者は、義元の思いの波に翻弄されながら読み進むというリスムが生まれる。
 *世の第三者が、義元の容姿を寸胴短足の畸人と見ていることを自認している立場
  この自己評価視点を前提で思いを語らせているところがおもしろい。初見の義元像。 *前照寺砦から中島砦に移った信長が正面攻撃してくる視点で描写されていること。
 *服部小平太の一番槍をつけ、毛利新介が首級を獲る場面が3ページ余続くこと。
著者のこの語りものスタイルのリズムに乗って良い進めるという面白さの半面、私にはそのスト-リーそのものが頭に残らず、通り過ぎて行った。思いというものが、その場限りになる如く。句点、段落がない文体のユニークさと義元が寸胴短足と描かれたことのインパクトが読後の余韻として残る。作家のチャレンジ精神に惹かれる。

 ご一読ありがとうございます。

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この競作集からの波紋で、関心事項をいくつかネット検索してみました。一覧にしておきます。
桶狭間史跡マップ :「桶狭間古戦場保存会」ホームページ
  史跡マップがダウンロードできます。
国指定史跡 桶狭間古戦場伝説地  :「豊明市」
桶狭間は何処に?  :「名古屋に桶狭間あり」(いくさの子×名古屋市)
桶狭間  :ウィキペディア
鳴海城  :ウィキペディア
鳴海城  :「史跡夜話」
大高城  :ウィキペディア
大高城  :「史跡夜話」
尾張・鷲津砦  :「城郭放浪記」
尾張・丸根砦  :「城郭放浪記」
尾張・中島砦  :「城郭放浪記」
尾張・前照寺砦 :「城郭放浪記」

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決戦シリーズを読み継いできました。以下もご一読いただけるとうれしいです。

『決戦! 川中島』 冲方・佐藤・吉川・矢野・乾・木下・宮本 講談社
『決戦! 本能寺』 伊東・矢野・天野・宮本・木下・葉室・冲方  講談社
『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社
『決戦! 関ヶ原』 伊東・吉川・天野・上田・矢野・冲方・葉室  講談社

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