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最初の会社を円満退職した時の話⑫・・・半月過ぎて出社 その1

2017-07-14 00:44:03 | 過去の出来事

1月末の辞表が、無断欠勤1日を含む3日目の2月5日の電話で
やっというかあっさり認められたが
まだ会社に顔を出さなければいけないという洗脳にも似た思いは残っていた。

1週間ぐらい経った時だったろうか
その会社ではコンピューター会社でSEをやっていたのだが
ふとShift keyの名前が思い出せず、あれ何だったんだろうな?と思った時
やはりもうあの会社で働くことは無理なんだろうなと感じた。
もっとも辞めるということは先の電話でも決まっていたのだが・・・

その後も何度か留守電が入っていて、その都度折り返し電話はかけていた。
仕事上の簡単な問い合わせに答えるだけで
これで金がもらえる(有給休暇)なら楽なもんだと思っていた。
有給自体半月分しか残ってないのだが。。

「15日で付けの退職で大丈夫ですか?」と聞こうとも思ったが
あえて自分からは聞かないようにした。

会社に顔ぐらい出さなければと思いながらも行動には移せない。
会社は15日締めで、15日には勤怠の手続きと
業務上の締めの書類の作成があったので、その日ぐらいは行こうかと思ったが
結局行かなかった。

出社拒否のような心理と、
辞表が認められなかったことへでのストライキのような気持ちが混ざっていた。

次の職場に勤務しているからなどという頭はほとんどなかった。

15日も休んだことで16日になって会社から呼び出しの電話がかかって来た。

「辞表はもう一度書いたほうがいいですか?」
「2月末付でいいですか?」
直属でないほうの課長とそんな話をして出社の日時設定をした。

会社に行くと
その課長がJCLリストや仕様書を見ている。
「すみません、大丈夫ですか?」と聞くと
「相変わらずだよ」と言った。
担当していた三菱重工系のユーザーがトラブっている。相変わらずの事だが。

ただ私に対応させることも聞くこともない。

やがて直属の課長、次長、部長が揃うと5人で会議室に向かった。
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