歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

般若楼68

2017-05-18 09:07:32 | 女歌舞伎襤褸鑑2

 「されば長介どのの親御は今も肥後でお達者でおられましょうか」
 「長介が禿に売られた頃は小西氏の遺臣ということで両親も身を隠すように住んでおられたようじゃが、もともと母親は近隣の天草の島のなかなかの大百姓の娘とのことで、今では宇土で相当の百姓におなりのようじゃ」
 「ならば長介どのは片田舎の傾城屋ではたらかずともよかったのではござりませぬか」
 「その通りでござる。じゃが、長年傾城つとめをつづけ、だれの子とも知れぬ幾人かの子までなして生まれ故郷に帰るよりも、田舎であっても三味線や舞や小歌の師匠もかねておる方が気軽じゃと申しておった」
 たしかに十歳になるやならぬうちに傾城屋づとめを始めた女にとって、百姓の両親のもとにもどったとて慣れぬことばかりで気詰まりな毎日となっていただろう。また、縁談とてもそうたやすくはあるまい。それよりも住み慣れた傾城屋で小金を貯め、いずれ小商いの店でも出して暮らしをたてようという長介の思惑は解せぬわけでもなかった。
 「それにしても子をもうけたりせずば、伏見におられたものをのう。いくら申しても、腹の子とはいえ殺すことは大罪であると言ってきかぬ。呉羽屋とて評判の傾城を売りとうはなかったのじゃが、子をなしたという噂が立ってはもはや客もつくまいと布袋屋に譲ったのじゃ。後で惜しいことをしたと悔やんでおった」
 「それで、お子はいかがなされましたか」
 「二度とも肥後の親御のもとで育てることになったのじゃ。両親とてまだお若い。娘の子でなく自らの子と申しても不思議ではないお年じゃそうじゃ」
 「されば長介の子としてではなく、兄弟として育てられておるのですか」
 「親御とても苦しい時に長介にたすけられ、ようよう糧を得ていたこともあるとのことじゃ。長介のことは悔やんでも悔い足らぬ思いであろうぞ。長介のたのみを断りはせなんだばかりか、大事に育てておるようじゃ」
 「もしもさような親御がおられずば、長介の子はいかがなったのでございましょう」
 「長介ばかりでない、傾城はめったにみずからを親とは名のれぬものじゃ。裕福な傾城ならばいくらかの金をつけて相当な家にももらわれようが、さもなくば道端にすてられるか人買いに売られるか、わかったものではない。もちろんわが家でさような非情なことをしているわけではないぞ、柳町では第一めったに子を生むなどという失敗はせぬものなのじゃ。万が一さようなことがおこれば、金をつけて養子先を見つけてやっておるぞ」

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