歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

般若楼69

2017-05-19 09:12:13 | 女歌舞伎襤褸鑑2

 ともかくも肥後国に両親と子どもが住んでいることだけは間違いがないようだった。おれは形見の品となったこのクルスを持って、肥後に行ってみるつもりであることを又一郎どのにお話しした。
 「そなたは九州に行くという。大夫も瘡毒が出てきているとのことでござるし、勘三もやめたそうではないか。右近も病いからようやく起きたばかりであるし、塩屋もしばらくは歌舞伎はできないのではないか」
 「やようでござります。大夫にいかなお考えがあって、おれに九州に行ってこいとおっしゃられたのか、今少しお話しを聞かねばならぬと思っております。それはともあれ、大夫の病いが瘡毒とはまことでございましょうか」
 「なに、ま、さような噂じゃ。まことのことは知らぬ」
 「大夫はかつて又一歌舞伎におられたとか。やはり傾城であられたのでござりましょう」
 「父の代のことじゃて、おれはさほど親しいわけではござらぬ」
 「なにゆえ又一歌舞伎から塩屋に移られたのでございましょう」
 「そなたは何も知らぬようじゃのう」
 又一郎どのはことばを切られた。冬の短い日はもうかたむきかけ、中庭には母屋の影がさし、急に寒くなったように感じた。大夫の過去を知ったとてどうなるわけでもなかろう。今まで大夫もお話しにならず、おれも詮索もしなかったのは、おれ自身の過去を隠さねばならぬ必要もあったのだ。それなのに大夫のことを他人から知るのは卑怯なことではないか。おれは又一郎どのに聞いたことを後悔した。けれども又一郎どのは躊躇されながらも、実のところは確かではないと断られながらもお話しなされたのだ。

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