歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

西遊25

2017-06-20 09:41:55 | 女歌舞伎襤褸鑑3

 「このクルスに見覚えがござりましょうか。長介どのは首におかけにはなさってはいませなんだが、どうやらいつも手近に持っておられたようです。役人の目を盗み、とっさに朋輩にあずけられたそうです。はたしてかような品をお持ちしてよいものかどうか迷っておったのじゃが、いずれにしても長介どのの最後をお知らせせねばと、長崎の所用のついでに参りました」
 「では絹はこのクルスをつけて踊っていたわけではなかとでごんすか」
 「おれは歌舞伎踊りをされていた頃の長介どのは存じませぬ。それにもし踊りをなされていたとしても、近頃は切支丹詮議もきびしくなり、歌舞伎ものといえども容易には南蛮風俗を人前でするわけにもまいりませぬのじゃ」
 太夫がクルスをつけて踊られ、座敷のことで不満を抱いた見物の侍どもから、切支丹とのあらぬ言いがかりをつけられたことを思い出した。されど切支丹の信心と南蛮風俗とはかならずしも同じものとは見られはせなんだが、それでも南蛮風俗そのものもまた、歌舞伎ものに対する警戒と同じように、次第に疑いの目で見られてきていた。
 また甚兵衛どのの目つきがきつくなった。もしや長介も、この家の人も切支丹なのではないだろうかと確信に近いものを感じた。なんと申しても、この宇土は関ヶ原以前は切支丹大名の小西氏の本拠地であるのだ。そしてこの屋敷も大百姓の家にはちがいないが、武士の名残りを感じずにはいられないのだ。うかつな話は出来ぬ、甚兵衛どのの心にはさような身構えがまた生まれたようだ。三人のあいだに重苦しい沈黙の時が流れた。いかにして疑いを解けばよいか、おれにもわからなかった。

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