歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

平戸へ2

2017-07-14 08:57:46 | 女歌舞伎襤褸鑑4

 「八幡の阿国なんば、こん春は博多におったばってん、今は長崎か平戸におるごたる」
 男は十年以前、はじめて熊本でおこなわれた阿国歌舞伎を見物したことを誉れのごとく話しはじめた。清正公の肝煎りでおこなわれた興行は、侍どもは銀子一枚ずつ出して桟敷に陣取り、近隣の村人も銭がなくとも米を持ち来たりて鼠戸より入り、芝居で見物するという熊本中をわかした歌舞伎であり、あのような賑やかなことは前代未聞であると言った。されどその後におこなわれた都から来た傾城歌舞伎に比べれば、田舎の地下舞にすぎぬとは思いもよらなんだそうだ。女どもの美しさ、踊りのすばらしさ、衣装や持ち物の贅沢さ、阿国がもしも傾城歌舞伎の後で興行していたなら、たちまち芝居に閑古鳥が鳴いたであろう。阿国を座敷に呼ぶことに成功したものどもは、一様に鼻を高め会う人ごとに自慢していたが、傾城歌舞伎が来てからは、あのような田舎ものにうつつを抜かしたと逆に物笑いの種となった。
 「それで阿国は熊本には、それ以来、来ぬのでござろうか」
 「うんにゃ、そこは歌舞伎の始祖阿国太夫のこつ、天下一の看板にうそ偽りはござなく候。いずこで磨きをかけられたか、一年後にゃ都の歌舞伎にも負けぬ衣装や女どもを引き連れて、この熊本にもどって来たい。ばってん、ここ数年は公方さまの目が厳しゅうて、おおっぴらにゃ熊本では歌舞伎はできんばい」
 「なれど昨年、熊本に来たという話しじゃが」
 「さあて、おらは知らぬ。別に阿国の尻を追いかけちょうわけでもなかばい。今の阿国は先代の妹とかいわれちょるばってん、見た目は先代にはかなわんばい。先代をはじめて見た時にゃ、とてもこの世のもののこつおもわなんだばい」
 「ところでついでにお尋ね申すのじゃが、十年以前、阿国の後で歌舞伎をしたという傾城のことは覚えておられぬか」

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