歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

般若楼64

2017-05-14 08:28:03 | 女歌舞伎襤褸鑑2

 大夫も殊のほかご機嫌よく食もすすまれたようだった。家中に蒸し大根の湯気もひろがり、初冬の夜更けとは思えぬ暖かさであった。
 「久方ぶりに三味線でも弾いてみようかのう」
 大夫はこう言われて葛城に三味線を持ってこさせた。葛城は鼓を打ち、おれが舞った。
 「津の国の中島の中津川原をせきかねて、
  土持はえ持たいで、
  畚の畚のその下にこそ千鳥足は踏め、
  えいやあらさらちとんとと、
  えいやさらちとんととさらといえやらさ」
 いつの間にか台所との間の板の戸が少し開けられ、冷たい風がすうっと部屋に入り込んできた。にぎやかな音曲に引かれたのか、隙間からのぞいている人気を感じた。
 「さようなところにおらずと中に入るがよい」
 おれは声をかけて下男を呼び入れた。老人はおずおずと部屋の隅で膝を折り、ちじこまっていた。
 「よいか、二度とのぞくでないぞ」
 「おりゃあ、そんなことはせんで」
 「まあよい、気味悪く思えば、もう使うことはできぬぞ」
 老人はにやにや笑うだけで、気にかけている様子はなかった。これは少しもこたえておらぬ、のぞきをやめぬかもしれぬと思った。それでも機嫌よく踊りに拍子を合わせて、手を打ち囃子立て、やがて立ち上がり踊りはじめた。思いのほか身軽な老人であった。

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