歌舞伎蔵(かぶきぐら)

歌舞伎を題材にした小説、歴史的時代背景を主に、観劇記録、読書ノート、随想などを適宜、掲載する。

般若楼70

2017-05-20 09:43:56 | 女歌舞伎襤褸鑑2

 やはり大夫は関白秀次さまの身よりであられたらしい。関白さまの御一族が三条河原で誅滅なされた時、かろうじて逃れられたようだ。その後の経過はわからぬが、禿として又一郎どののもとに来られたらしい。塩屋九郎右衛門どのは大夫の御家来筋にあたることがわかり、塩屋に移られたということだ。三条大橋を通られる度に、しばし畜生塚に祈りをささげられるからには、関白さまと縁故があるに違いないと思っていた通りであった。
 「大夫の病いは何時回復されるかわからぬであろう。来年は塩屋も又一歌舞伎に加わればいかがであろう。右近の三味線や歌はもう、大夫をしのぐほどではないか。大きな舞台を踏めば踏むほど力をつける時期に来ておるぞ」
 「なるほど、よきご提案とは存じまするが、やはりみなとも話しおうてご返事せねばなりません」
 おれが又一郎どのの店を出たのはすっかり日も暮れ、三筋町には三味線の響きやすでに酔いのまわった遊客と調子をあわせた傾城の声にあふれていた。大夫は何もお話しになられなかったが、すでに又一郎どのとそうした打ち合わせも出来ているのではないかと思っていた。それにしても大夫が瘡毒であるとは少しも気づかぬことであった。この先、病いがすすめばいかなることになるのかわからなかったが、もはや大夫のお元気なお姿を二度と見ることはできぬかもしれぬと不吉な気持ちにおそわれていた。

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