怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

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5月18日  提訴 2

2012-05-18 00:40:57 | 事故後の動き
下記は5/1の裁判所に訴状提出時の、うちの二人の弁護士の記者会見のコメントの一部である。
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O弁護士:ーーーーー先生方が何もしなくてやったという、それ自体が履行者の過失だと思うのですけども、まあある程度はしてる場合に、小プロの方が履行補助者として過失とすれば、自動的に契約責任ですから市の過失と言う事になる。だから市の職員の過失は問わない。という構造ですね。今回の訴状はそれにとどまらずに、個々の先生方もこの点をこうして頂いていれば助かったはずじゃないですかと、それがすごく酷な要求であればそこまでは求めないけれど、さっき西野さんが言ったように、これはできたはずだというものばかりだと思うんですよね。例えば出発の段階でも天候が相当悪かったわけでしょ。結果として牽引をせざるを得なくなるわけですから、そういうことであれば、大丈夫なんでしょうかと、やっぱり不安ですから止めますと言う事を言えたはずですよね。まず出発点はそうですよね。それを小プロの方から言えるかと言うと、小プロの方はなかなかそこまで決断できる権限はないし、言えるのはただ一人、校長ですよ。校長が止めると言えば終わり。校長以外になかなかやめるというのは言えない。ここの先生方は意見を言うかもしれないけど、決めるのは校長ですね。そういう意味では小プロの方から助言と言うか、こういう選択肢もありますよみたいなね、助言が不十分だったと言えるとは思うんですけども、やるかやらないかの決断は校長、すなわち豊橋市にあるわけで出発点から言ってもこれだけで この事故は防げた

O弁護士:言葉は出向じゃないんですけども、豊橋市の仕事をしてますから、身分は県の職員でも、市の仕事をしている

記者:国家賠償法上の責任と言うのは、職員自体には責任は問われないので、地方公共団体、ここで言えば豊橋市が責任を問われると、言うことですね。

O弁護士:そうですね。個人責任は問えないものですから。

R弁護士:これは、国家賠償法の制度の趣旨なんですけど、個人責任を問わない代わりに、この場合市が責任を取る。だから教員はしっかりやってくれと。萎縮をしないで子どもたちのために全力でやってくれと、そういう趣旨なんです。だから市が責任を認めるという事は、教員は自分がやっていることを全力でやる。そして責任は市がとるということで、先生たちが子どもたちのために安心して働くという点でも重要なんです。そういう点からしても教員は県の職員だから市には責任がないというような言いかたはまさに、言語道断と言わざるを得ない。私はそういうふうに考えています。

             


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