風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

東北新幹線開業35年

2017-06-28 | 社会・世界・平和


先週の6月23日は、東北新幹線が開業して35年。
といっても最初の3年間は大宮暫定開業で
東京に行くには大宮から新幹線リレー号に乗るか
京浜東北線に乗り換える必要があった。
それでもそれまでは特急やまびこかはつかりで
花巻〜上野間は6時間ほどかかっていたから
約2時間の短縮(現在は新花巻-上野は3時間弱)となり
東京は日帰りが可能になったのだった。

35年前の1982年当時
ワタシは大学4年生だった。
そのころまで花巻から東京に進学といえば
少し大げさな言い方をすれば水杯での旅立ち。
片道6時間、アパートの家賃の半分ほどもかかる特急は贅沢で
いつもは10時間かけて夜行列車で帰ったものだから
そうそう簡単には帰省できない。
夏休みや冬休みが近くなると、アルバイトに精を出した。
新幹線開業後、乗ってみたくて新幹線で帰省したら
「なに贅沢してるんだ」と親父に叱られたことを覚えている。

ところで1982年の2月ごろから
ワタシは大学に通いながら某TV局でADをやっていた。
担当は早朝の国鉄提供情報番組と朝のワイドショー。
初仕事の日はなんとホテルニュージャパン火災の翌日だった。
現場を上空から撮影するためにヘリが飛んだのだが
そのヘリが朝のワイドしょうー内で伝えたのが羽田沖飛行機事故。
例の「機長やめてください」の事故だ。
勤め始めていきなり大事件2件が重なり、
訳がわからないながらドタバタしていた記憶がある。

そして6月を迎えた。
国鉄情報番組を担当していたから、当然新幹線開業は一大イベント。
開業前のプレス用試運転にも乗せていただき
(大宮から盛岡までノンストップ運転だった)
開業当日は実況中継クルーの一員として早朝から大宮駅へ。
なにせ15分番組で、しかも盛岡駅や国鉄本社からも中継があったから
大宮からの中継はほんのちょっとだったけれど
それでも(何せ岩手出身で直接的な受益者だったこともあり)
少々興奮して走り回っていた記憶がある。

当時の東北新幹線のウリは速さや雪への強さと同時に
とにかく揺れが少ないというのが評判だった。
それを聞いていた人たちはみんな、発車するやいなや
窓際のテーブルにタバコを1本立てたものだ。
「走っていても倒れない」というウワサだったからね。
特急と比べて食堂車は無くなったけれど
カウンターでサンドイッチやコーヒーを飲食できた車両もあり
そこにはその瞬間の速度表示があったりして
200km/h、250km/hと表示が上がるたびに
その場にいた人たちが「おぉー」と言っていたのも思い出す。

あれからもう35年経ったんだなぁ。
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2 コメント

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その頃は! (阿部武司)
2017-06-28 09:03:24
映像の仕事を岩手でし始めたあたりですね。民放の番組のお手伝いしていたかも・・ワイドショーが午前中有って。何か奇遇だね。年は違うが同じような現場に居たなんて!
>阿部さん (風屋)
2017-06-28 09:17:19
ワタシが映像の仕事に関わっていたのは
その後のプロダクション時代を含め
ほんの1年半ほどの間ですので
見聞きし、齧った程度です。
でも表現技術、制作、広報という意味では
今も同じような仕事をしていることになりますね。

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