加藤のひとり旅

ひとり旅を続けて 50年 ここは自然と巨大科学を追い求めている一個人のブログです、日本の風情を巡ります。 

鹿児島県鹿屋市 航空自衛隊鹿屋基地史料館 ( kanoya )

2011年01月27日 | 陸、海、空、防衛施設

鹿児島県鹿屋市        航空自衛隊鹿屋基地史料館 ( kanoya )

Kanoya_1

場所           鹿児島県鹿屋市
海上自衛隊の編成表組織名   海上自衛隊 佐世保地方隊航空集団第一航空群

   公式ホームページ     http://www.dii.jda.go..jp/msdf/kanaya/sryou/msdf-ks/

この大隈半島の中央部に位置する 旧日本海軍 鹿屋航空基地は 
本土最南端の自衛隊航空基地である

昭和 20年 敗戦の濃くなった太平洋戦争の沖縄戦は熾烈をきわめた
この沖縄沖 東シナ海の米海軍を撃沈すべく 世界戦史に例の無い神風特別攻撃隊が組織された

この旧日本海軍 鹿屋飛行場と旧日本陸軍 知覧飛行場( 現 知覧平和公園 ) から 若い荒鷲が
神風特別攻撃隊として南の海へ出撃し帰らぬ人となった。

神風特別攻撃隊

Kanoya_10

今は結果として 無意味な蛮行であったかもしれない しかし、死を前提
に志願し数ヶ月、平静に一途に国を思い続けたこの若者達は これも又、
世界に例を見ない唯一の奇跡と言われている。

仕掛けられた戦であった
そして 特攻隊員の誰しも この戦は負けると知っていた
それでも尚、 征かねば 日本の復興は成らない、、、、仕掛けられた
戦から負け犬のごとく逃げ出しては、決して日本の復興は出来ない。

同期の桜
       おかあさん、泣くなと言うのは無理かも知れません。
       でも、どうか「よく死んでくれた」そう言って下さい、
       私達は祖国を護る為に死んで行くのですから。

       俺は必ず征く、後に続くことを信じて。
       俺たちの死を決して犬死にしてもらいたくないのだ。

平和とは
       決して日本から戦をする事はないだろう しかし先の
       歴史が示す如く 戦を仕掛けられる事は考えておかねばならぬ
         何時までも戦後の謝罪とか言う馬鹿げた事から
       日本人はいつ抜け出すだろうか。

       色々賛否はあろう だが 右、左 信念、主義はおいて 
       この若者達の尊い犠牲の上に今日の日本がある

旧日本陸軍 知覧飛行場跡、 旧日本海軍 鹿屋飛行場 ( 現 鹿屋基地 ) を訪ねたら
英霊の御霊に礼を捧げるのが日本人であろう。
屋外展示場には 航空自衛隊の歴代活躍した航空機が数々展示されている
国内空港では見られない機種が多数ある 興味のある人は是非 出掛けてみて

            ホームページ   加藤のひとり旅に戻る

Kanoya_2       Kanoya_3
    
左  航空史料館と 屋外自衛隊使用機の展示場
右  実機の展示場の一部

Kanoya_7

Kanoya_4      Kanoya_5 

史料館

展示品の一部 ( 撮影可の一部 )
展示品と 特攻機の修復、復元の 「零戦
日本の名機 「零戦」  ( 撮影可の部分 )




                                               ホームページ   加藤のひとり旅に戻る

参考資料

Kanoya_8

  

ジャンル:
ウェブログ
コメント   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 山口県下関市  海上自衛隊... | トップ | 鹿児島県知覧町 知覧特... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ケノーベルからリンクのご案内(2011/01/28 10:00) (ケノーベル エージェント)
鹿屋市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。