加藤のひとり旅

ひとり旅を続けて 50年 ここは自然と巨大科学を追い求めている一個人のブログです、日本の風情を巡ります。 

茨城県阿見町 茨城県 陸上自衛隊土浦駐屯地豫科練記念館 「雄翔館」

2011年01月23日 | 陸、海、空、防衛施設

茨城県阿見町        茨城県 陸上自衛隊土浦駐屯地豫科練記念館 「雄翔館」 

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茨城県阿見町
茨城県の霞ヶ浦に面した 阿見町 現在は陸上自衛隊土浦駐屯地となって 自衛隊武器学校
として存続している。

起こしてはならないが軍備が技術の発展を支えてきたのも事実である そういう目で全国の
旧日本軍の基地跡、記念館を訪ねてみた。

雄翔館 ( 豫科練記念館 )
雄翔館は、太平洋戦争において、卒業生の 8割が、日本の勝利を信じ潔く花よりも美しく
散っていった海軍飛行豫科練習生の生活や、英霊の遺書、遺品等を永く保存して、その
遺徳を後世に伝えるために、昭和 43年豫科練生存者等によって建立されました。

                                                                                                          説明看板そのまま転写



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豫科練の桜と霞ヶ浦                       2007/12 快晴

自衛隊武器学校の桜並木と 真正面に霞ヶ浦が見える。 
( 白い建物は旧土浦海軍航空隊司令部の庁舎 )

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左  豫科練記念館 「雄翔館」 遺書、遺品展示のため 内部の撮影は禁止されている
右  豫科練の碑 豫科練出身戦没者の霊璽簿が奉安されている

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左  この建物は当時のまま保存されている
    海軍航空隊の医務室 練習生の健康管理を行っていた、

右  現在も残されている予科練の風景、木造平屋建ての医務室棟

しかし......この「雄翔館」はどのような事があっても二度と戦争はしてはならないと万人に
語りかける数々の遺品を前にして落涙しない者は皆無であろう。

加藤のような "いけいけどんどん"でも この様な戦争は決して起こしてはならないと。

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   昭和 20年 3月 21日
  陽光うららかな日
  美しく立派に散るぞ。
  そう言って一番機に向かう戦友の胸に
  俺はまだ「ツボミ」だった桜の一枝を飾って送った
  明日は俺の番だ。死ぬ時が別々になってしまったが
  靖国神社で逢える。 その時は、
  きっと桜の花も満開だろう。

 同期の桜の一部分( 著作権侵害のため )抜粋 
  
   3月 26日
  花さわやかに開く日
  お父さん、お母さん、只今より出発します。
  この世に生を受けて 23年まさか、お父さん、
  お母さんより、早く死ぬとは思ってもみませんでした。
  お母さん、泣くなと言うのは無理かもしれません。
  でもどうか「よく死んでくれた」そう言ってください。
  私達は祖国を護るために死んで行くのですから。

  4月2日
  春雨の煙る日
  幸か、不幸か、俺は今日も生きている。だが、
  雨があがり、虹が橋をかけ、あかね色の夕焼け空が
  拡がる時に、俺は必ず征く、後に続くことを信じて。
  俺たちの死を決して、犬死にしてもらいたくないのだ


  同期の桜の一部分( 著作権侵害のため ) 抜粋と
  言いながら最後の節まで書かずには居れなかった。     

     おかあさん さようなら 征ってきます。

     ご遺族の方々の思いもあり 館内の写真は撮影禁止となっています。

参考資料

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