加藤のひとり旅

ひとり旅を続けて 50年 ここは自然と巨大科学を追い求めている一個人のブログです、日本の風情を巡ります。 

鹿児島県知覧町 知覧特攻隊基地跡

2011年01月27日 | 陸、海、空、防衛施設

鹿児島県知覧町      知覧特攻隊基地跡

大隈半島が東シナ海に臨むこの知覧の町に 旧陸軍特別攻撃隊は組織され幾多の若者が
薩摩富士といわれる名峰 「開聞岳」 をあとに祖国に別れを告げ南海の空に散っていった。

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起こしてはならないが軍備が技術の発展を支えてきたのも事実である そういう目で全国の
旧日本軍の基地跡、記念館を訪ねてみた。

しかし......この知覧はどのような事があっても二度と戦争はしてはならないと万人に語りかける

      知覧特攻平和会館の数々の遺品を前にして落涙しない者は皆無であろう。
      加藤のようないけいけどんどんでも この様な戦争は決して起こしてはならないと。

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知覧平和会館一帯は ご遺族の方々の思いもあり 写真は撮影禁止となっています。

      知覧町公式 ホームページ  http://www.toun.chiran.kagoshima.jp/cgi-bin/


   昭和 20年 3月 21日
  陽光うららかな日
  美しく立派に散るぞ。
  そう言って一番機に向かう戦友の胸に
  俺はまだ「ツボミ」だった桜の一枝を飾って送った
  明日は俺の番だ。
  死ぬ時が別々になって しまったが
  靖国神社で逢える。 その時は、
  きっと桜の花も満開だろう。
  
   同期の桜の一部分( 著作権侵害のため )抜粋 

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知覧特攻基地跡への桜並木
やがて春が来れば満開の花をつける

  3月 26日
  花さわやかに開く日
  お父さん、お母さん、只今より出発します。
  この世に生を受けて 23年まさか、お父さん、
  お母さんより、早く死ぬとは思ってもみませんでした。
  お母さん、泣くなと言うのは無理かもしれません。
  でもどうか「よく死んでくれた」そう言ってください。
  私達は祖国を護るために死んで行くのですから。

   同期の桜の一部分( 著作権侵害のため )抜粋 

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同期の桜

  四月二日
  春雨の煙る日
  幸か、不幸か、俺は今日も生きている。だが、
  雨があがり、虹が橋をかけ、あかね色の夕焼け空が
  拡がる時に、俺は必ず征く、後に続くことを信じて。
  俺たちの死を決して、犬死にしてもらいたくないのだ

  おかあさん さようなら 征ってきます。

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    知覧から見た開聞岳

なぜ知覧と開聞岳か
知覧特攻平和会館に 開聞岳の写真が壁一面に掛けてある 陸軍三式戦闘機 「飛燕 」と
共に特別攻撃隊員が出撃命令を受け知覧飛行場を飛び立つ時 今生の別れとなるのは、
突撃機のタラップに右足を掛け、 左足が地上から離れた瞬間 この世と別れを感じる
そして 知覧飛行場を飛び立ち 本土最南端に聳える 開聞岳 上空で 突撃機の翼を振り
本土を離れた時、本当の死を覚悟して散って征った。
開聞岳は おかあさん と 祖国日本との別れであった。

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