11月6日には富山県射水市の親鸞会館にて正信偈についての御法話があり、
11月20日には、その御法話について出された質問に高森顕徹先生にお答えいただく座談会がありました。@親鸞会館です。
釈迦、七高僧、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人の書かれたものを「聖教」と言いますが、これは何の為に書かれたものか。
蓮如上人は
「このゆえに、一切の聖教というもただ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなり」
と御文章におっしゃっています。
信ぜしめんがため、ということは、南無阿弥陀仏を受け取らせるため、ということですから、どうすれば受け取れるのか教えなければ教えになりません。
救われた世界と、どうすれば救われるかということは、2つであって1つだと聞かせていただきました。
今回も金曜の夜出発、昼頃富山に到着しました。
土曜の夜は、全国の若い親鸞学徒の皆さんと会食をしました。
全国の様子が聞けて有意義なご縁でした。
日曜の夕方、座談会終了後、教学の試験がありました。
それが終わってから富山を出発、雨でしたので「これは月曜の仕事に間に合わんなあ」と思っていましたが、6時39分に熊本の合流場所に到着、7時30分に自宅に帰り着き、ぶじ仕事に間に合いました。これが合流地点で7時を過ぎてしまうと、自宅に帰る時間はないので、会社に直行し、「なんで手ぶらで会社に来たの?」と言われるわけです。「いやちょっとカバン持ってくるの忘れまして・・・不思議なこともあるもんですね、えへへ」的な。
そして本日、11月26日には熊本市国際交流会館にて親鸞聖人の教えを学ぶ勉強会がありました。
因果の道理を聞かせていただきました。
そこで「業(ごう)」という仏教の言葉が出てきたのですが、
熊本市のMさんによると、熊本でも不幸が続いている人に対して「業の深い人ねえ」と言うそうです。仏縁深い土地ですね。










