今テレビで、似た意味の単語として
千載一遇=盲亀浮木
阿鼻叫喚=無間地獄
と言っていた。上は分かるが、下はちゃうやん。とつっこんでいたら、無間地獄を「むげんじごく」とアナウンサーが言っていた。「漢検1級の底力!」とわめいていたが、その程度の実力か!とつっこまずにおれず。「むけんじごく」ですから。正しいのは。よろしいですか。
私の高校の先生で「よろしいですか」をいつも「やらしいですか」と発音する人がいた。
体育祭の練習で暑い中、マイクから「やらしいですか」と聞こえるたびに、女子の機嫌が悪くなっていったものだ。
就活シーズンということもあり、銀行は午後3時以降何をやっているのですか?と聞かれることがある。
たとえば今日などはこんな会話をしていた。
「ダイベンの計算また間違ってるよー」
「だいたいゼンショーのとき気づくのよね」
「ゼンショーでも気づけばいいさー。ショーキャクのとき気づくこともある」
「ひどいのになるとショーキャクでも気づかずにケーバイのときにあっと叫ぶことになる」
「ダイベンのショーサはきちんとやらんといかん」
「この場合、タナアゲがあるから、ややこしい・・・。ハケでこんなことやるから、ジッパになって面倒なことになる。ヨウチュウでやるのなら分からんでもないけど、ヨウカンでも普通やらないんじゃないの」
という、部外者にとってはまったく意味不明な話をしている。
ダイベンって臭いほうのダイベンじゃないですよ。じゃあ何かと聞かれても、説明するにはものすごく時間がかかるので省略しなければならない。だから銀行員って社内結婚が多いのかも。
さて、今朝は私が朝礼の番でした。
こんな話をしたら、深いねーと言われました。
我が社の会計監査人は、天下の新○本ですけども。
私の大学の同級生にそこに公認会計士で勤めていた人がおりまして。
先日やめたんです。
なんでかって聞いてみたらですね、あの
監査法人ってクリーンなイメージがありますけど、内実はけっこうどろどろしているらしいです。
彼によれば、もはや泥舟だとか。
泥舟に監査されている我々はどうなるのかという気もしますが。
オリンパスとか大王製紙とか見てると、あれもあそこですから、確かに泥舟なのかもしらんと思わないでもないです。
で、彼の言っていたことで、印象的だったのは、
公認会計士になっても有無同然だったということです。
有無同然ってのは、大無量寿経というお経に出てくるんですけど、
「田なければ田あらんことを欲し、、、田あれば田を憂う。有無同じく然り」
とあります。
田んぼがない人は田んぼがあったらいいなと苦しみ、
田んぼがある人は、管理のためにまた苦しむ。
これ、田んぼだけじゃないですよね。お金、財産、名誉、地位、家族みんなそうです。
だから、持てる者と持てざる者というのは、本質的には何も変わらないってことですね。
お経には、持たない者は鉄の鎖につながれていると。
持つ者は、金の鎖につながれている。
鉄と金の違いはあれど、鎖に繋がれていることに変わりはない。
彼は、中学高校と開成で、東大の経済学部を出て、公認会計士となったという、私からみてもエリートコースを進んでいたわけですが、それでも人生苦しいんだなあと。
日本で一番難しい資格をとっても、憂いは変わらないというんですから。
仏教は2600年前にインドでお釈迦さまが説かれたものですけど、
現代の日本にもそのままあてはまる。
仏教は今ブームですけど、
ブームで終わってはもったいないなあと思いました。
仏教も気分転換にといってはもったいないですが、関心を持ってみてもいいかもしれませんね。
ということで、今週も気分を変えてがんばりましょう。
(分かる人には誰のことか分かるかもしれませんが、一部フィクションを入れています念のため)
支店長から「深い!インドに出張してもいいぞ!(冗談)」と言われました。










